2015年12月08日

裁判員制度には反対

最近余り活動的でないせいか、昔の曖昧な記憶を基にした記事ばかりupしているような気がします。
いっそブログ名を、「曖昧な記憶に基づく凡人のブログ」に変えた方がいいんじゃないかと思ったりしています。

それは追々考えていくとして、今日は裁判員制度の話です。何故、今そんな話かというと、特に何かニュースがあった訳ではないんですが、私は当初からこの制度には反対で、突然意識の中に浮かんできたので、改めて凡人なりに考えてみました。ちょっと危ない病気かもしれませんね。
思いついたことを列挙してみます。

・本来、裁判は裁判所の仕事であること。
・当初、一般の国民感覚と判決が乖離しないようにすることを考慮して導入したというようなことを裁判所側は言っていたが、それは裁判所側が努力すべきことで、一般国民を裁判に参加させることで改善しようとする考え方はおかしいこと。
・人知主義に近づく恐れがあること。
・思想・偏見・無理解など、資質的に問題のある可能性がある裁判員によって量刑が決められるのはおかしいこと。
・量刑が感情に影響される懸念が強いこと。
・6人の裁判員に対して、3人の裁判官が法律の適用などについて専門的な助言をするというが、評決が誘導される恐れがあること。
・提示された証拠が、すべて正しいということをどうやって確認することができるのかという疑念。
・審理の内容は非公開とされるが、「12人の怒れる男」のように、裁判員を番号で呼び、その話した内容や質問した事項を公開してもよいのではないか、ということ。
・重い刑事事件を審理するので、悲惨な殺人現場の映像などを見て、体調を崩したり精神的に不安定になる症状を発症する裁判員が現に出現している問題。
・強姦致傷、強姦強盗などの被害者などが、「むかつく」などと言う理性的な判断ができるとは思えない裁判員の目に晒され、興味本位と思われる質問を受けたことがあったらしいこと。
・裁判員は、一生、審理内容について守秘義務を課せられ、ずっとストレスを内包する恐れがあること。

私が思いつくのはこんなところですが、今後問題となる事例が出てくるのではないかと危惧しています。
「12人の怒れる男」の映画を思い出したので、また曖昧な記憶の話になりますが、後日upする予定です。
2015年11月15日

珍しく法律の話

何日か前に、韓国の地裁で戦時中の「徴用」とかで、新日鉄住金に1人あたり1億ウォンを賠償するよう命じる判決が出たとの報道がありました。「またか」という感じですが、条約を無視して権力者や世論におもねた判決が出るようでは、まだまだ近代国家にさえ至っていないと言わざるを得ません。
                                            
日本では明治24(1891)年に「大津事件(ロシア皇太子傷害事件)」というのがあって、強国ロシアを敵に回すことはできないので、犯人を死刑にせよとの日本政府内外からの強い圧力が大審院にありましたが、結局、刑法に規定のない罪を科すことはできないとして、無期懲役の判決が下されました。このことにより、特に先進諸国の間で、日本が近代国家になりつつあるとの認識が広まったようです。

私は法学系の出身ではなく、法律のことは分からないのですが、上記の報道を見て、初めて受けた法学の授業を思い出しました。
当時の私は悪い意味でのニヒリズムで、「法律など人間が決めたものは大したものではない」と思っていました。今でもその傾向があります。

講義名は「憲法」でしたが、法学のことなど全く知らない学生相手のためか、憲法の話は殆どなく、「善意の第三者」、「宇奈月温泉事件」、「盗電の判決」や「民法関係」の話が多かったです。
この授業を時々さぼりながら1年間受けた訳ですが、最初の授業で「法の究極的な目的は、正義の実現である」と聞かされ、「えっ」と思い、そういう考え方もあるんだな、とこれには良い意味で驚きました。

法律に詳しい人から見ると、「表現や言葉がおかしい」と笑われるでしょうが、その授業などで印象に残っていることを自分なりに書いてみます。法律にもいろいろな解釈があるので、当時の講師の偏見もあったかもしれません。
(1) 遡及法の禁止
  例によっていい例が浮かばないんですが、例えば何らかの罪を犯して懲役1年の判決が出て服役した後、何年も経過して新しい法律で懲役5〜10年になったから、少なくてももう4年服役しろ、と言われるのはおかしいですよね。法の下の安定が脅かされます。韓国ではいくつか遡及法があるらしいですが。
何年も前に行ったことが罪に問われなかったのに、新しい法律ができたから有罪となったのではかないません。

(2) 条文に書いていないことは、処罰されない
  裁判官の気分で判決を出されてはかなわないので、まあ当然でしょう。時の経過とともに時代に合わなくなった法律は、暴対法、違法ドラッグに関する法律、電子機器を介した著作権に関する法律などのように、次々と改正されていっているようです。民法には、まだカタカナのところがあると思いますが。
最近、少年による凶悪事件が度々報道され、コメントを見てみると「こんな奴は死刑だ」という声もありますが、「少年法を改正すべきだ」という声の方が多く、やはり日本人は民度が高いんだなぁと思います。

(3) 国会議員の不逮捕特権と歳費の支給
  国会の会期中は、国会議員は現行犯以外は逮捕されないという特権があります。また今年だったかどうかよく覚えていないんですが、ある国会議員が勾留(でよいのでしょうか?)され、その間の歳費も支給されたために、netでは「何故支給するのか」といった批判のコメントが多かったのを覚えています。気持ち的には分かります。
現政権では大丈夫でしょうが、将来の政権が与党が圧倒的多数を誇ることを盾に取って、単独で法案をバンバン成立させることができるようになった場合、野党の政治活動を封じ込める法案を成立させて野党議員を逮捕し、その間歳費も支払わないということになれば、その議員は生活も政治活動もできなくなると思います。
このことをバリバリの法学部出身の知人に尋ねたところ、「そういう考え方もあるね」とあっさりかわされました。結局、国民の代表ということで特権があったり優遇されているので、国民はしっかり自分で考えて投票しましょう、というところに行き着くのでしょうか。

※ドラック→ドラッグに修正
タグ:法律
2015年10月08日

高速道路の話

前回、話が脱線したので、高速道路の建設について改めて書こうと思っていたんですが、三橋貴明さんが「新世紀ビッグブラザーへ blog」10月3日(土)の中で、少し触れていましたね。

「人気ブログランキング」の「政治」は、私がよく見に行くところです。
ランキングの最初のページで、三橋さんはいつも1〜2位にいるようですが、他の方も常連の人ばかりのようです。私はその中で気に入っているブログに入って行って、「今日の話題はいいや」と思う時には、飛ばしています。

さて、高速道路は、早く建設して欲しいと思っています。
『莫大な予算を使って鹿しか通らない道路を造るのか』とか『費用対効果が悪い』(この言葉は、余り好きではありません。全てをこの基準で評価するするのは、どうかなと思います。)という批判があるのは承知していますが、それでも必要だと考えています。建設に当たっては、環境面には充分配慮して欲しいと思いますが。
予算については、100兆円以上ある?外為特会などを活用すれば、何とかなるのではないでしょうか。

国の全国総合開発計画というのが昭和37(1962)年に初めて策定され、以後、第二次〜第五次まで継承されています。私はこの手の本は読まないのですが、たまたま四全総(昭和62(1987)年に策定)に関わる本を、後年、古い雑誌か何かで読んだことがあります。
その中で、当時の国土庁の官僚の一人が、『全国のどこからでも1時間以内に高速道路にアクセスできるようにするのは、国の責務である』という趣旨のことを言っており、感銘を覚えたことを覚えています。
Wikiで調べてみると、「高規格道路については、地方中枢・中核都市、地域の発展の核となる地方都市及びその周辺地域等から概ね1時間程度で利用が可能となるよう、およそ14,000kmで形成すると明示された」となっており、少しトーンダウンしたのかな、と思います。

高速道路のメリットを、思いつくまま順不同で簡単に書いてみます。
(1)生活圏の広がり
   通勤・通学、買物などのほか、通院・通所、入院・入所など、今まで行けなかった所へも行くことができるようになります。免許証を持っていない人でも、相乗りや高速バスなどの利用で、恩恵を受けることができます。地方の山間部などでは、日用品の買物や通学など、本当に大変です。
救急車による救命率の向上も期待できます。
(2)災害の支援
   災害を受けた地区への支援が、より早く行えるようになります。また、災害などで通行止めとなった道路の迂回路として活用でき、支援物資や人を運ぶことができます。
(3)工場などの誘致
   沿線の地方自治体などにとっては、大きな関心事項でしょうが、自らの市町村内でなくても、近くに工場ができれば、人口、雇用、関連会社進出などの面で期待できるでしょう。
私が工場の進出を担当する責任者なら、材料・製品の搬入・搬出の交通で利便性があるということのほかに、業種によると思いますが、固い岩盤(軟らかい地盤だと、余り大きくない地震でも揺れが大きくなり、精密工業などでは厳しいと思います)、良質で豊富な水、近くに採用が期待できる人材がいる高校や大学等があること、などを考慮すると思います。
とは言え、今まで高速道路のICの近傍に全国で多くの工業団地の開発が行われましたが、まだ埋まっていない用地が多いところもあり、景気の先行き見通しとも相まって、工場など誘致がそんなに簡単ではないことは承知しております。
偉そうに言ったつもりはないのですが、気分を害されたら、申し訳ありません。

以上ですが、観光面は省略しました。

もう少し書こうとしたことがあったのですが、昨日、原稿を作ってプレビューを見たところ、その後で原稿が全部消えてしまっており、泣きたくなりました。

私は土建屋さんとは関わりがないので、そういう関係でこの記事をupしたのではありません。
ただ、国を筆頭として、インフラ整備には力を入れて欲しいとは思っています。
昭和39(1964)年の東京オリンピックに間に合わせるため、突貫工事でインフラ整備を行いましたが、もう老朽化が進んでいると思うので、早急な対応をしてもらいたいところです。

国会議員は、「国民の生命、財産を守るために云々」とよく言いますが、それに加えて、「安心、安全、快適」が必要だと考えます。
過疎地といわれる所に住んでいる人にとって、「他の地域と繋がっている」「いつでも都市部などへ行こうと思えば行くことができる」という、安心感・一体感が重要なのではないでしょうか。
これが、今回のテーマを思いついた理由です。
春はあけぼの ボタンの三つ四つ、二つ三つなど押すも いとをかし

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