2016年12月18日

理系と文系-2

(suite)
前回のいきさつから言って仕方がないのですが、「理系と文系」というタイトルを付けたことには、少し後悔しています。
このタイトルでは、読みに来てくれる人がいないと思うからです。

閲覧者を増やすことを目的にして始めた訳ではなく、自分の考えを整理するために始めたブログなので、読者に媚びてまで閲覧者を増やす気持ちはありませんが、やはり自分の考えに同調してくれる方、あるいは、そこまで行かなくても、私が記事を書いたことによって「あなたの考えには賛同できないところがあるが、自分も少し考えてみた」という方がおられれば、ブログ主としては嬉しい限りです。

とは言え、内容が良くないために閲覧者が少ないのであれば仕方がないにしても、このブログの記事があること自体を知ってもらう機会は殆どないので、少しでも多くの人の眼に触れる機会が増えるようにと「人気ランキング」などに入っています。
少しでも上記の方々が多くなるかも知れないと思うからです。
殆ど妄想かも知れません。

ブログを始める前には、「普通に紙で日記をつければ、後から、あの頃どんなことを考えていたのかが分かって良いのではないか」と思ったこともありましたが、今までの自分の経験から考えてみると、自分の性格からそんなことはとても無理だと思い、思い切って、よく分からないままブログを始めました。

日記なら、私の場合、1日目は気合いを入れてかなりの分量を書くと思いますが、2日目には「○○のほかは、前日と特に変わりなし」となり、3日目には「前日と同じ」、以後、「同前」、そのうち「〃」となってしまい、その後は空白が続くというパターンになることが眼に見えています。

相変わらず、関係ないことから書き始めるという悪い癖が抜けませんが、『自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思う』と前回の記事で言ったので、何か参考になることが書ければと思います。。。


また昔の話になって申し訳ありませんが、自分が高校生の頃のことを考えてみると、受験とか試験とかを気にする必要がなくなった社会人になった後で、当時もっと勉強していれば良かったなぁ、と思うことがあります。

(1)数学
教科書には殆ど説明がなかったので、塾にも行かず、教師に質問をする熱意もない私には、授業を聞いても殆ど理解できませんでした。
しかし、今の歳になって色々思うことがあります。

例えば、今年こそ私の、汚い・狭い部屋の大掃除をしようと思いますが、まず要らない物を捨てて、要る物を効率良く配置して、掃除機が使えるスペースを確保して掃除し、壁などに付着している煙草のヤニを拭き取って少しは快適な空間を確保したいと思って少し頑張っています。

その場合、ゴミを捨てるにしてもゴミの分別とかあり、また必要な物をどのように配置するかという問題がある訳ですが、そんな作業をしていると、中学生の頃に習った面白くもない因数分解で出てくる同類項の整理をやっているようなものだと思ってしまいます。

・何で円の内角は何故360°なんだろうと思ってしまいますが、これは人間が勝手に決めただけのことですね。
で、180°異なる意見というのは、正反対の意見と言う意味ですよね。

・直角の90°(◔)が何故「π/2」で表示されるようになったのか、当時は良く分かりませんでしたが、小学生の頃に習った「円周の弧の長さは中心角に比例する」ということから考えると、こちらの表示の仕方の方が合理的だと思うようになりました。

・イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線(経度)を0として、東経、西経180°で地球を分けたのだから、360÷24=15で、経度が15°違えば、時差1時間。
東経135°を15°で割ってみると9となり、GMTと日本標準時の時差は9時間ということがすっきりと分かって気持が良い。

・球の体積の公式では、 V = 4/3 πr^3 ということですが、何故ここに「4/3」と言う変な分数が出てくるのか以前から不思議でしたが、積分の計算のルールを知ると少し納得できました。
・・・・

余り説得力のない話になってしまったので、次で挽回しようと思います。。。


(2)物理
高校の物理の授業は良かった。
知らなかったことについての知見が増えるし、指名されて質問されることもなく、問題を与えられて次の授業の時に黒板に書いて説明をするように求められることもなかったためだ。
TVを観るようにリラックスして授業を受けることができた。
しかし、それが仇となって定期試験などでは悲惨な結果となった。
私は数学ができないので、仕方がないことではあった。

ある時、私は勉強をせず、F=mαの公式だけ覚えて試験に臨んだ。
その後の授業の中で、試験の答案用紙を一人ずつ順番に返された。
先に呼ばれて答案用紙をもらった友人は、100点満点の試験で18点の答案用紙を貰って凹んでいたが、私は自分のことは棚に上げて、『女の子の誕生日を覚えたり、その子の家や電話番号を調べる情熱を少しは勉強に向けたらどうだ』と偉そうに言ってしまった。

その後に呼ばれて私が受け取った答案用紙には23点と書かれていた。
大差ない。。。。
それで二人とも、頭の中に「赤点→追試→留年」のパターンが浮かんで、不安が募ってしまった。

・物理学を始め自然科学系の良いところの1つは、幾らその道の権威が新しい学説を唱えても、定量的に検証されなければただの「説」として終わってしまい、「理論」にはならないことだと思う。
定性的な話だけでは、確証を得られないことが多いので、数年のうちには相手にされなくなってしまうことがある。

・信号のない車道を歩いて渡る時など、私達は言語化して意識することはないが、車の位置だけではなく車のスピードなどを考慮して安全・スムーズに渡れるように行動していると思う。
遠くの車でも100km/hで走っている車は危険であるが、近くに駐車中の車には危険を感じない。
これは物理学的に言うと、一瞥のうちに車の移動距離を計測して、時間で微分をして速度を推測していることになるのだろう。

・自分が乗る自動車が、3気筒か4気筒かなどは知らなくても支障はないと思うが、ディーゼル車かガソリン車かは、エンジントラブルを起こさないためにも知っていた方が良いと思う。

・大学生の頃、少し変わった教授がいて、物理学の基礎講座を行っていた。
『ある空間に電荷があるとして、クーロン力(電荷に働く力のようなものだと思う)が働いて、どうたらこうたら』と言う話だった。
単位系の違いで計算の途中でπ(パイ)が出てくることがあるようなことも語った。
学生が突っ込んでいないのに、いきなり『皆さん、これはどんな空間か分かりますか?』とその教授が尋ねた。
『要するに、この話ができるような空間のことですよ』とのことであった。
笑っていい所なのかどうか、よく分からなかった。

・『位置エネルギーとポテンシャルエネルギーの違いが分かりますか?』とも言った。
よく分からないが、『微分すれば定数項は消えてしまうので・・・』という話のようだった。

・別の教授は、『物理学の世界では、よく0〜∞の積分範囲の積分が出てきますが、原子物理学の実験の現場ではせいぜい10pも離れたところで測定すれば、∞ですよ』と言われて驚いたことがある。
その辺りの感覚がよく分からなかった。

何か支離滅裂で、やはり余り大したことは書けませんな。

(3)化学
「当量」の辺りから分からなくなって、以後、悲惨な成績だった。
考えてみると、化学は今流行の「健康産業」の怪しげな誇大広告などの矛盾点を論破するには、格好の教科でしたね。

薬で言うと、1日僅か1mg、1gの1/1000が1mgなので、体重が60kgの人から考えると途轍もなく少ない量ですが、それによって落ち込んだり眠れなくないという体調が影響され、大袈裟に言えば人生の幸・不幸の感情が左右されてしまう。
大馬力の車が、電子プログラムによるガソリン噴射ポンプの制御などの僅かな変化で、走行能力が大きく影響されるようなものだと思います。

誤解のないように言っておきますが、私は薬はできれば飲まない方が良いと思っています。
人間の心身には色々な調整能力があると思っているためです。
ただ、過大なストレスなどによってその調整範囲を超えて心身が参ってしまうことがあるので、一時的には薬に頼るのは賢明な選択だと思っています。

・化学の勉強の中で、「カルボン酸」「力価」などということを「やはりもう少し勉強していれば」と言う気持ちがあります。

・このように苦手な「化学」であり、正確に書けなくて申し訳ないですが、A+B→Cの反応が中学生の頃には無機物的な反応では当たり前だと思っていました。
しかし、「化学反応の平衡」「反応速度」などの概念を導入すると、A+B→Cではなく、A+B⇔Cということらしい。
C→A+B の反応は化合でなく分解だと思うが、化合と同時に働いていると言う。
一見、右向きの反応が圧倒的なので、そんなことは普通は考えない。

さらに、温度や圧力や触媒を変えても反応しないことがあるが、これは反応が止まっているのではなく、右向きの反応と左向きの反応が平衡を保っているのだと言う。

これは色々な面で、以後の私の考え方に大きな影響を与えた。
うまく言えませんが、物事を理解するには当たり前と思われる一面的な理解だけではなく、色々な見方がありますよ、ということに少し考えが及んだということです。

・・・・・
当時、何故成績が悪かったというと、「勉強をしなかったから」と言ってしまえば、その通りなのですが、私の心の底に『人間の決めたことなんかに大したものなどない』というニヒリズムのようなものがあったためだと思います。
そんな色々なことを覚えるのにエネルギーを使うことに抵抗があった、ということもあります。

理系の科目の理解には、「これはこのように決めよう」という定義や概念を明確に理解していなければ、その先で躓いてしまい、問題集を解いてパターン化された質問の答えを出すことには慣れてきますが、本質的な理解や面白さが分かるようにはならないと思います。


結局、タイトルに関連した大したことを書けないまま終わってしまいますが、私達の身体は何故か万有引力の法則を初め、各種の法則に支配された世界の元にあり、生きていく上ではそのような法則を知っていた方が、都合が良いということなのかなと思います。


セブンネットショッピング
2016年12月10日

理系と文系

凡人たる私が言及するのも失礼なんですが、やはり高橋洋一さんは凄いと思う。
一つは、限られた時間の中で、一般人にも分かり易いように説明されることだ。
具体的な数字を挙げて説明されることはあるが、『これは経済学では「○○○」と言って、今後こういう結果になるんです』などと言って、専門用語で煙に巻いて話が終わってしまうというところがない。

もう一つは、大蔵・財務省内部にいた自身の経験から、一般の報道には出て来ないような官邸・財務省などの情報を教えてくれることだ。
財務省の論理、具体的な手法について話されることもあり、財務省は、かなり腹を立てていると思う。

また、以前の高橋洋一さんの記事で、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律(昭和26年法律第212号)」が取り上げられたことがあるが、『読売、朝日、毎日、産経、日経新聞などは、何故上場企業ではないのか』ということは、私を含めて一般の人は上場していないことすら殆ど知らないし、疑問を持たなければ決して検索して調べることもない内容であり、有益だったと思う。

あれだけズバズバと発言されるので敵も多く、「御用学者」だとか、人格攻撃まで行って反論する人がいるが、冷静にその反論を読んでみると、その人達は無批判に事実とは思えないことを受け入れてしまって正確に物事を理解しないまま反論の根拠としていることが多く、簡単に言ってしまえば、高橋洋一さんの圧勝だと思う。

このように書くと、私を高橋洋一さんの「信者」だと思う向きがあるかも知れないが、そんなことはなく、ただ、私の幾ばくかの理性に照らし合わせて考えてみると、その発言に納得できるところが多いというだけことです。

少し水を差すようですが、私は竹中平蔵さんの発言を直感的に受け入れることができない。
誤解を恐れず分かり易く言うと、私は彼が嫌いです。

竹中平蔵さんは、かつて高橋洋一さんの上司であった筈だから、『この二人の関係はどうなんだろう?考えに共通するところが多いのだろうか?』と気にはなるが、そのことで高橋洋一さんの主張に対する評価が変わることはありません。


表題の話がいつまで経っても出て来ないし、一体何の話をしているのか、と思っているのは私だけではないと思いますが、遅ればせながら、この辺りから本題に入りたいと思います。

いささか旧聞に属しますが、築地市場の豊洲移転問題での高橋洋一さんの記事で、理系と文系という言葉が出たことがあります。
一部のマスコミが、豊洲の地下水から「ヒ素が環境基準の4割検出」などと報道した後、高橋洋一さんが『それはミネラルウォーターの安全基準以下だ』と言ったところ、その後の報道が止まったらしく、その時「マスコミは中学の理科、基礎的な高校の数学・物理・化学程度の知識を持て」という文脈の中で、「理系」「文系」が出たのだったと思う。

確かにこの報道の見出しを見て、私も「ヒ素が環境基準値の140%だったのか」と思ってしまった。
「環境基準の4割」で何が問題なんだろうと思う。
『ヒ素が悪い』という「0か1か」「善か悪か」という二項対立的な話でなく、科学的・現実的な話をしましょう、ということだと思う。
私は、人間の生活の殆どは0と1の間の、言わば小数点の世界で行われていると思っているので賛同します。

さて、「理系」と「文系」の明確な区分は分かりませんが、私的には大学などで高度な数学を使う自然科学系の人が「理系」の人というイメージです。
もっと身近な感覚で言うと、大学の入試で「数Vまでの数学」と理科で「物理」「化学」などの2科目が要求されるのが「理系」という感じです。

理系の人が文系の人と比べて優れているかというと、私はそんなことは勿論思っていませんが、自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思います。

もし、理系の人が、数学の解を簡単に求めるように政治の世界で政治問題を解決できるのであれば、例えば国会議員の資格に上記の科目の試験結果を要件にすればいいと思います。
最近の有名な国会議員で理系の人はだれがいるかなぁ、と考えてみたところ、思いついたのは、
鳩山由紀夫、菅直人、志位和夫などの人達でした。
そう言えば、ドイツのメルケル首相も東ドイツの物理か化学の学者でしたね。
理系は政治の世界ではあまり関係ないような気がします。

少し長くなってきたのと、また操作ミスで記事の一部が消えてしまって少し凹んだので、勝手ながら中途半端にこの辺でいったん終わります。
『自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思う』という辺りをもう少し自分の経験から書きたかったんですが、申し訳ありません。


と言う訳で、続きは『明日の心だ』(知ってる人、いますか?)


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2016年11月06日

今日は流します。。

先日11月3日は「文化の日」ということで、日本国憲法の公布日、明治天皇の誕生日、それに高校の文化祭の思い出や、「晴れの特異日」と聞かされていたことについて思いが巡ったんですが、最近、柄にもなく少しマジメな記事を連発したので、少し疲れて「やる気を削がれた」ので書くことができませんでした。

毎週月曜日の朝、文化放送の「おはよう寺ちゃん」で経済評論家の上念司さんが天気にかこつけて、どんな天気の時でも前振りで、
『今日の天気で月曜日の早朝から8割方やる気を削がれてしまったので、今日は流します。通勤途中の方も私が遅延証明を出しますから、健康のために今日の仕事は流してください』と言っているのを思い出した。
もっとも、私はラジオではなく時々後で動画で聴く程度です(表現がおかしいですが、実際そのとおりなんです)。

昔、「流れる」というテーマのクロスワードを解いていて、葉書で懸賞に応募する時に『クロスワードのナナメに現れた流れるもの3つを回答してください』とあったので、探してみたところ、「音楽」「質草」「縁談」が回答だった。
なかなかいいセンスだと思った。

ということで、読みに来てくださった方には大変失礼ですが、今日は流させていただきます。


上念司さんは、いわゆるリフレ派ということですが、同じリフレ派の高橋洋一さんを連想した。

高橋洋一さんは、ニコニコしながら経済評論家や経済学者、報道機関の記事を「ここが間違っている」とバッサリ斬って、好き嫌いは別にして分かりやすくて気持ちが良い。

印象に残っている発言の一つは、TV番組で財務省の陰謀に嵌められていたのか、前回衆議院選挙の前に出演者が、
『そうは言っても、少子高齢化が進み、医療・介護・年金などの費用が増大するので、消費増税はどこが政権を取っても避けられないのではないか?』と発言した時、消費増税の罠についても後で少し喋ったと思いますが、
『そんなことはありませんよ。増税をしないという議員に投票して当選して貰えばいいんですよ』
と痛くシンプルに民主主義の基本のようなことを語られたことでした。

今日は流すので深入りしませんが、高橋洋一さんは自然失業率(完全雇用の状態)を2.6〜2.7%と独自に推計し、9月現在の失業率は3.0%なので、あと0.3〜0.4%下がれば底を打って賃金(実質賃金ではない)が急上昇するので、もう少し金融緩和を進める必要があると言っておられます。
その時点で、さらなる財政出動を行えば景気回復に繋がるということのようです。
こんなことをズバっと言えるのは凄いですね。
今までそんなことを言った経済評論家はいないと思います。

その他、『この債券は私が財務省にいるときに開発した商品で、プライマリーバランスには影響しないものです』とさらりと言ったり、税収増よりも予算権限を強めて天下り先を確保しようとする財務省の闇についても言及されています。

ただ、日韓通貨スワップ協定については、AIIBの時のように『日本側にメリットはないので不要』と言われるのかと思っていたが、『これは外交事案です』と言われたのには少しがっかりした。

最近の注目発言は、『11月中に衆議院の解散、プーチン大統領との会談を挟んで、12月投票の可能性もある』と言っておられることです。
宮崎哲弥さんは『2014年の時は消費税の引き上げと10%先送り、アベノミクスの信任という大義名分があったが、今回は大義名分がない』と言っておられますが、北方領土はともかくとして、引き続き「アベノミクスの信任」で良いのではないかと思います。
私は、安倍さんは熊本地震のため、今年の衆参W戦を避けたと思っているので、12月投票の可能性もあると思います。

gdgdならぬdrdrになってしまいましたが、この辺りで失礼します。
春はあけぼの ボタンの三つ四つ、二つ三つなど押すも いとをかし

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