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2017年09月14日

核シェアリング

私はこの世に果たして「絶対」というものがあるのか、疑問に思っている。
そこで、「絶対零度」などという言葉以外には、できるだけ絶対という言葉を使わないようにしているが、つい、話の流れで強調形として使ってしまうことはある。
ただ、『絶対にない(or ある)という訳ではない』という否定形で使う分には、気にならない。

また訳の分からない書き出しになってしまったが、恥ずかしながら9月7日(木)のニッポン放送ラジオの『ザ・ボイス 高橋洋一』で初めて、「核シェアリング」という概念を知った。
記事としては、夕刊フジのzakzakに出ている。


私の中の時系列では、その後、私には意外だったが、石破茂さんが『日本には非核三原則の「持たず、作らず、持ち込ませず」のに加えて「議論もせず」の四原則がある』と批判したため、いろんな評論家が話題にし始めたという感じだ。
ただ、石破茂さんはもっと前から言っていたらしい。

zakzakの記事の中で、次のように書かれている。
「核シェアリング」は、実際に北大西洋条約機構(NATO)で行われている。核保有ではないが、米国が核を提供し、核基地を受け入れ国で持つもので、核の共同運用である。具体的には、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコで行われており、運用されている核兵器は戦術核である。

第2次世界大戦の戦敗国、ドイツ、イタリアが入っているのが興味深い。

自分なりに少し調べてみようとしたが、この核基地を受け入れている5か国で米国が管理・提供する核兵器は、有事にこの5か国の軍用機に搭載されるものだけで単距離~中距離の核ミサイルは含まれていないのか、加盟国が増えたNATO加盟国の総意が必要なのか、など基本的なところで私には分からないところが多い。

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それで、我が国の場合どうすれば良いか、という話になるが、現実問題として、核に対する抑止力としての日本の独自の核開発・核保有を、日本国民や米国等各国が容認するのか、ということになれば、難しいだろう。

高橋洋一さんが言われているように、核シェアリングにより、米国が在日米軍基地に核を持ち込んで管理し、使用の際には日米合意のもとで行うというのが現実的な話かと思う。

私が核ミサイルを念頭に置き、戦術核と戦略核をごちゃ混ぜにして話しているのではないか、と思われるかも知れないが、確かにそういうところはある。
逃げるように見えるかも知れないが、私には基本的な知識もないので、やむを得ないと思っている。

TVのバラエティー番組ばかり観ずに、みんなで少し議論して考えてみましょう、という題材を高橋洋一さんが提供してくださったと考えている。
私は基本的にTVは観ていませんが。

私は、議論の中で自分の考えが変わっていくのは、当たり前だと思っている。
考えを変える気がないのであれば、単に自分の意見を相手に押し付けるだけとなり、それは議論とは呼ばないのではなかろうか。

以下の憲法改正についても、そのような議論が必要だと思う。

私は、『日本という国と国民を護れないようでは、真の独立国とは言えない』という主張には、そのとおりだと思う。
そして、そのために憲法の第9条第2項の改正や緊急事態条項の挿入なども必要だろう。
憲法の条文よりも、日本という国と国民を護る方が重要だと思うので、そうなるように憲法改正が必要だと思っている。


中国、ロシアによる北朝鮮の核シェアリングの適用というのは、思ってもみなかった。
確かに日本の安全確率はかなり高まるだろう。
中国とロシアが競うかどうかは疑問だが、両国とも自国に北朝鮮の核ミサイルが向けられていると考えているのであれば『絶対にないという訳ではない』と思う。

一度も他国の首脳と会っていない北朝鮮の指導者が、核のボタンを共有することに同意するとは考えにくいが、この度の国連安保理決議は、中国からのパイプラインによる石油の供給を止めるには至らなかったが、相当厳しい内容であるので、今後のことは分からない。


書き足らない点も多く、中途半端な内容になってしまいましたが、また整理できずダラダラと書いて恥の上塗りをしてしまいそうなので、取り敢えずこの辺りで止めておきます。
誤解を招かぬように「私」をたくさん使ったところ、読みにくくなってしまい失礼しました。

来週9月18日(月)の、青山繁晴さんの虎ノ門ニュースに注目しています。


ラベル:絶対 北朝鮮の核
posted by いわし雲 at 22:28 Comment(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

マスメディアの終焉か

前回の記事で、『またボチボチと』と言いながら、長い間更新せず、申し訳ありませんでした。

実は、2016年10月13日付けの『蓮舫の二重国籍と逮捕、解散・総選挙』という、私にしては少し過激なタイトルで、netで流れる情報を自分なりに整理して記事を書いたことがあります。

この記事を書いたのは、「時々は政治・時事関係のことについて発言したい」という気持ちがあったのと、「その時、自分がどのようなことを考えていたかを記録しておくのが、このブログの目的の1つだ」と考えていたからです。

それで、先月、蓮舫が19頁に及ぶ戸籍謄本の一部と台湾当局が発行したという台湾籍離脱証明書を公開したところ、net上では書類内容の正当性などについて異論が相次いだ。
小野田紀美参議院議員の次のような分かりやすいtweetも出た。


そこで、以前と同様net情報を整理して、このことに関連して何か書こうと思ったが、なぜか気乗りがしなかった。

生来の横着者であるという外に、「どうも最近のマスメディアの報道ぶりは今までで最悪ではないか」という想いが私の頭の隅からずっと離れず、妙な話だが、そちらの方が気になっているのが原因のような気がしている。
なお、記事の品(そういうものは元々ないが)を保つため、本当はマスゴミと書きたいところを、今日は敢えてマスメディア、(以下「メディア」)と書きます。
また、都合上、この辺りから「である調」をメインにします。


よく言われるように、今、メディアの偏向・捏造・印象操作が酷い。
TVでは、握手をしているのにその場面をカットして写真撮影を断った場面と繋げたり、人の発言を文脈の前後を切り取って別の個所に貼り付けて真逆の意味のようにしたり、別の場面で語ったことを同じ場面で喋ったように印象操作をしている。

「以前なら他のTV局から牽制が掛かっていたが、現在ではそんなことはなく、例えばどのTV局のワイドショーでも、同じTV制作会社が制作しているのがその一因だ」と指摘する向きがあり、私も「そうだろうな」と思ってしまう。


先月の産経新聞デジタル版のある記事が印象に残っている。
印象に残っていると言いながら、例によって曖昧な記憶で申し訳ないが、「新聞は真実を報道するのが使命であり、紙面では報道の部分と新聞社の意見の部分は明瞭に区別すべきだ」と書いていたと思う。

これは私が物心ついた頃から、と言えば言い過ぎかも知れないが、かなり若い頃から思っていたことで、全くそのとおりだと思う。
新聞社の意見の部分は、社説や座談会などでの特集紙面、せめて記事解説あたりまでにして欲しいが、現実はそうなってはいないようだ。

「報道しない自由」という、最初見たときにはホントに法律上そんな自由があるのかと思ったような言葉がある。
しかしこれは、「報道義務の放棄」「ジャーナリズムの終焉」を意味する言葉としか、私には思えない。

問題は、これらのメディア報道は悪く言えば洗脳であり、その印象操作の影響を受けている人がかなり多いのではないかということだ。

これは私の偏見だが、その影響を強く受けているのは、やはり統計的に見てTVを長時間観ており、新聞もよく読んでいる概ね60歳以上の年齢層だろうとイメージしてしまう。
この年齢層では、メディア報道を批判するtwitter,blog,facebookなどの投稿記事を読んで、メディアの報道内容に疑問を持つことなどない人が多いのだろうな、と思う。

人がどのような意見や考えを持っていたとしても、そのことだけで他人がとやかく言うことではないが、メディアの印象操作により事実関係を誤認させられ、誤った判断に誘導されるというのであれば、大きな問題だ。

それで、どうすれば良いかということになるが、大したことは思いつかない。

TV局
・悪質な報道については、放送免許剥奪・停波を実施する。
・地上波の独占をなくすために、電波オークションを実施する。
・NHKを解体する。

新聞社
・新聞社の株式の譲渡制限を設けている日刊新聞紙法を廃止する。
・押し紙に対して厳正に対処する。


で、具体的に自分に何ができるのか?
・国政選挙でそういう公約を掲げる候補者に投票する。
・メディア報道の問題に取り組んでいる、賛同できる活動にできる範囲で協力する。
・そのような意見を掲げているブログのランキングを上げるために、ポチをクリックしたり、teetをRTして拡散し、問題意識を持つ人を増やし、世論を盛り上げる。

なんとも歯切れが悪く、ショボくて情けないなぁ。

紙の新聞については、長年同じ新聞を読み慣れている人や、仕事上の付き合いで購読している人も多いだろう。
そして例えば私がその人に、「その新聞は読まない方がいい」と言うのは越権行為であり、相手との距離感や場面によっては許されるにしても、基本的には言ってはいけないことだと思っている。

私が逆の立場だったら、相手に理由を訊く前に「何でお前に指図されなきゃならないんだ」と、まず腹が立つだろう。
腹が立つことを言うからではなく、指図するのが良くない。

だから、自分にできることは、事実と意見を混在させて読者を誘導するような新聞があったら、職場であろうと、あるいは食堂・喫茶店、他人の家であろうと、決して読まないことくらいだろう。
たまに文化面に良い記事が載っていたり、天気予報が見たくなっても、手に取らない。

私なら、新聞の判断基準は簡単に次のように決める。
例えば、いわゆる「加計問題」なら、1面の見出しで「首相関与を否定」ならOKだが、「首相関与を否定も疑惑深まる」であれば、事実と主観をごっちゃにしているのでNGとして、以後その新聞は手に取らないことにする。


大袈裟なタイトルにしてしまいましたが、結局大したことや目新しいことは書けず、ダラダラした文章になってしまい、失礼しました。


[無用な雑学]
突然ですが、「文字金」って知ってますか? 

先日、知人数人が週刊誌のパズルを解いている場面に遭遇した。
3文字熟語の最後の漢字を次の熟語の頭にして、繋げて解いていくというものだった。
その中に「文字金」という熟語が出てきた。

「モジキンって何?」と尋ねたが、
「前後から考えてこの熟語しか入らないが、意味は分からない」と知人は言う。
アホな私は、色紙や陶磁器に金色で文字を書くための金があるのかなぁ、と思った。

後日、ふと思い出して検索してみたところ、全く違っていた。
「ブンジキン」と読み、内容は次のとおりだった。
文字金銀(ぶんじきんぎん)とは、江戸時代の元文(1736年)と文政(1819年)の改鋳 によって造られた裏面に「文」の文字が刻まれた金貨・銀貨のこと。 概要[編集]. 次の 金銀が文字金・文字銀に該当する。 文字金. 元文小判 · 元文一分金 · 文政小判 · 文政 一分金 ...(Wikipedia)
あーあ。
posted by いわし雲 at 22:50 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

憲法改正、第9条など

ネーミングセンスがないので、またまた大袈裟なタイトルになってしまい、すいません。
言い訳がましく聞こえるかも知れませんが、忘備録のつもりで書いているので、大した内容ではありません。
近頃思っていることを書きますが、適当にスルーしてください。
いちいちソースを検証していると前に進まないので、勝手ながらそれも行いません。
たわごとと思ってくださって構いません。
上念司さん風に言うと今日は流しますが、遅延証明は出ません。。。


若い頃の私は、今と同じく無党派、浮動票で、ノンポリでした。
大学の学生食堂に並んでいた時に、たまに民青の人が声を掛けてきて、『プロ野球の試合結果の報道が一番早いのが「赤旗」なので、購読しませんか?』という訳の分からない勧誘も無視し、同和研に属していた先輩が、『〇〇県は反動的でなく、採用してくれそうなので受けてみる』と言っても、こちらは教員になるつもりもないので、関心がなかった。


私は自民党政権が長く続いていた頃には、取り敢えずその金権体質が嫌だった。
それもあって、自民党の保守系議員を中心に、『現行憲法はGHQに押し付けられたものだから、自主憲法を制定しよう』という動きがあった時も、当時、福沢諭吉風プラグマティズムを自任していた私は、『押し付けられたものであろうとなかろうと、内容が良ければそれでいいじゃないか』と思い、賛同はできなかった。


憲法を一字一句変えていないのは、先進国では日本だけらしい。
まさにギネスブック級だと思う。

主要国の憲法改正は、
アメリカ:6回
カナダ:19回
フランス:27回
ドイツ:59回
イタリア:16回
日本:0回
らしい。

憲法は、第9条を初め改正すべきだと思う。
理由の1つは、戦後70年以上経過した情勢の変化だ。
当時予測できなかった兵器の進歩、宇宙兵器、サイバー攻撃などもある。

さらに、テロ組織の出現である。
今までの国と国の戦争から、テロとの戦いが深刻となっている。

そして、現行憲法は、前文から間違っていると思う。
間違っているという言い方は適切でないかも知れないが、少なくとも現状に即していない。
『われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。』とされているが、国際社会はそんな国・組織ばかりではない。

憲法第13条の幸福追求権。
『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』
とされているが、
第9条の、
『 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。』と矛盾している。
第9条の内容が現実と合っていない。
自衛権を発動する前に武力によって他国に蹂躙されたら、どうやって幸福追求権を実現するのか?

あと、公共の福祉などについても疑問があるが、省略します。

上念司さんがラジオで言っていたように、「憲法」には憲法典としての条文としての面と、本来の国体を定めるという両面があると思う。

条文の面から言えば、条約との優位関係で議論はあるが、国の最高法であることに間違いはない。
憲法の下に法律、条令があり、訴えられて憲法違反とされたものは裁判所で無効とされる。
公務員など大した能力を持っていないのに偉そうにしている人が多いと思うが、組織として動くときには、法律の裏付けがあるために、その権限を有している。

例えば、税務調査を拒否すると、法律の定めによって罰せられる。
余談ですが、自分の意に沿わない業務を上司から課せられて悩む真面目な公務員の方には、同情します。
法律的にはそうするしかないかも知れないが、人として辛いものがあると思う。
法律違反とはいえ、悪意のないこの人の大したものでもない資産を差し押さえるとかいう場合には、内心の葛藤があると思う。


話を戻して、憲法の条文の話ですが、私から見れば自衛隊は普通に考えて違憲だと思う。
海外から見れば、優れた能力を持った軍隊と見なされている。
例えば、不発弾の処理ができる軍隊が、世界にどれだけあることか。
しかし、国民の生命・財産、暮らしと安全を守るためには、国防力・自衛隊は必要だと思う。
そうであれば、憲法の方を変えるしかないと思うです。

よく『民主主義はbestではないが、betterな制度である』とよく言われる。
私もそう思うし、変化するのに時間が掛かりすぎるのがもどかしい。
短期間に致命的な決定をしないために、時間をかけて決定するシステムになっているのだと思う。

本当なら、例えばプラトンのような人が独裁的に政治を行えばいいと思うが、その次の政権では、腐敗と賄賂が蔓延る耐えがたい社会になっているかも知れない。
多分、人間は不完全だし、自分の生活と欲のためそのようになりがちなのだろうと思う。

もう少し内容を精査し、緻密な記事も書けばいいのですが、今日はこれでUpします。
ラベル:上念司 条文
posted by いわし雲 at 00:31 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2017年02月15日

生活保護の理念と旧生活保護法

生活保護の問題に関する報道が時々流されるが、私は生活保護制度は必要だと思っている。
予期せぬ病気・障害・失業・倒産などによって生活が立ち行かなくなった時に、最低限食べていける生活保護があることは、心強い。
自己責任で生命保険や各種の救済制度で対応すれば良いという意見があるが、そうはいかない現実がある。

困窮しているので生保を受けるのが当たり前という考えはどうかと思うが、困窮しているときに一時的に生保を受給することに卑下する必要はない。
日本に産まれたことに感謝し、捲土重来で、将来社会に還元すれば良いと思う。
何らかの理由で一度失敗したら再起不能となるというのでは、冷たい、厳しい社会となってしまい、貴重な社会資源を失うことにもなりかねない。

問題は不正受給である。
収入があるのに申告せず、働けるのに働けないと言って生活保護に寄生するのは、本来救済されるべき人々を排除してしまうことにも繋がり、制度の存続意義を棄損するものである。
社会の片隅で生活保護を受けられず、『おにぎりを食べたい』と言って餓死した人もいるという不条理が生じている。


柄にもなくきつい言葉で書くのに疲れたので、この辺りから普通の書き方にしたいと思います。
なお、外国人籍の方に対する生活保護の適用については、今日は言及しません。

生活保護法は、条文を読んでも、いざという時に自分は保護を受けられるのか、あるいは、いくら貰えるのかということは、さっぱり分かりません。
具体的なことは、通知、通達、要綱等で決められており、消費者物価指数などを勘案して毎年10円単位で改定されているからです。


次のうち、保護の要件を欠く(保護を受けられない事由となる)ものはどれか分かりますか?

①持ち家である。
②20代で病気などはないが、就活を行っても就労できず生活に困っている。
③失業給付を受けている。
④現に働いている。
⑤住民税・水道料金などを滞納している。
⑥凶悪犯罪を犯し、刑務所から出所した直後である。
⑦民生委員が生活保護の受給に対して否定的である。


回答はいずれも×で、欠格事由とはなりません。
しかし、『例外のない規則はない』という西洋の格言のとおり、これにも例外があって、例えば①では住宅ローンを支払っている場合には、結果的に他人の税金でローンを支払うことになるので、不可となります。


現行の生活保護法は、昭和25(1950)年に成立しましたが、実は旧生活保護法というものがあります。
旧法といっても戦後の法律で、昭和21(1946)年に成立しています。

現行法との大きな違いは、旧法は「勤労を怠る者その他生計の維持に努めないもの、素行不良な者など」を保護の対象から除外している点です。
分かりやすく言うと、逆に現行法では、『保護を要するに至った原因を問わない』という考えに基づいているということです。


憲法第25条の精神に則り、「国の責任において生活に 困窮するすべての国民に対する、最低限度の生活保障と自立の促進を目的とする」ということで、理念としては素晴らしいものだと思います。
しかしながら、これは考え方の問題であり、どちらの立場に立っても、
『生活に困窮しているのに何故生保が受けられないのか』という不満と、『何故あんな好き勝手をして世間に迷惑をかけた人を保護するのか』という不満が生じてしまいます。

そして現実の場面では色々と不合理と思われる場面に遭遇してしまいます。
例えば、若いうちに将来のために、あるいは高齢者世代のために、少ない収入の中から年金を払っていた人が何らかの事情で生保を受給することになった場合、その年金収入分は保護費から差し引かれてしまいます。
一方、若い頃好き放題をして年金を支払っていなかった人が年老いて生保を受けるようになった場合には、引かれる収入がないので、まるまる保護費が支給されることになります。
さらに、養護老人ホームなどに入所した場合、負担金に差が生じることがあります。

このような事態が生じていれば、ただでさえ自分が支払った年金保険料が将来の受給時には充分に補填されないと思っている若年層のモチベーションを下げ、国民年金の不払いが加速され、年金制度が破綻するのではないかと危惧されます。

制度設計と運用をしっかりしたいただきたいです。
posted by いわし雲 at 01:25 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

第2青函トンネル

数年前から話が出ていた「第2青函トンネル」の建設構想に関するニュース記事を今年の新年早々読んだが、最近また新しい記事が出ていた。
私は、鉄道やトンネル工事の知識がある訳ではなく、意見を言うのは無責任かとも思いますが、建設には賛成です。
全国的なアンケート調査を行えば、「賛成」よりも「反対」「分からない」「関心がない」の方が、大多数になるのかなと思います。

報道では詳細がよく分からないのですが、現在の青函トンネルの直ぐ近くに、単線の貨物専用のトンネルを造るという計画のようです。
何故単線なのか、よく分かりません。
通行量から考えて単線で間に合うということなのでしょうか。

第2青函トンネルを造る理由として挙げられるのは、
①貨物列車の擦れ違い時の安全対策のため、新幹線が140㎞/hに速度を落としているのを改善してスピードアップを図る。
②軌道の保守点検作業に余裕を持たせ、より安全性を高める。
③充分な鉄道貨物輸送力を確保する。
④災害時、空港閉鎖時の非常・代替輸送を確保する。
などのようです。

安全面は最優先事項ですが、鉄道貨物輸送力の確保も重要だと思う。
北海道は四国・九州と異なり、本州と自動車道で繋がっていないので、本州~北海道間の鉄道貨物輸送の割合が高い。
北海道運輸局HPの「北海道の物流統計資料」によると、平成26(2014)年度の北海道から国内の他地域への鉄道による移出貨物量は248.2万トン、他地域からの移入貨物量は232.6万トン、計480.8万トンとなっている。

これがどの程度の意味がある量なのかよく分かりませんが、1日当たり1.3万トンであり、単純に考えてみると4トントラックで毎日約3,300台分の貨物が本州~北海道間を移動していることになる。
決して少ない量とは言えないと思う。


報道によれば、第2青函トンネルの工期は約15年、工費は
約3,900億円ということです。
現在の青函トンネルは、JR北海道のHPによると工期は約24年、工費は約6,900億円だったということですから、かなり圧縮されそうです。

青函トンネルのすぐ近くに建設するために、ゼロから地質調査を行う必要がなく、また、海底の地下を掘らずに済む「沈埋工法」技術の発達が大きいようです。

反対意見としては、次のような意見があるようです。
(1)飛行機があるのに、そもそも北海道新幹線が必要なのか。
(2)圧縮されるとはいえ、膨大な費用と長い工期が必要であり、費用対効果があるのか。
(3)採算が取れるのか。
(4)単に大手ゼネコンを儲けさせるためのものではないのか。
(5)東京五輪・パラのように、結局、当初の見積額から大きく増大した費用が必要になるのではないか。

私としては、推進派の人に頑張ってもらい、丁寧な説明をして、こうした疑念を払拭していただきたいたい。

何で北海道や東北地方から遠く離れた土地に住み、直接的な関係がない私が、第2青函トンネル建設が気になるのか考えてみた。
直接的な通行上のメリットを考えてのことだけでなく、多分に情緒的なものがあると思う。

飛行機は速く移動できて便利だが、所詮、点と点の間を移動するだけだ。
一方、トンネルは言わば、離れた土地を地続きにするもので、沿線を通じて人、モノ、情報の交流だけでなく、人の意識まで繋げるものだと思う。
私は国粋主義者ではないが、日本というまとまりのある国づくりを進めて欲しいという思いがある。
だから交通の利便性を高める第2青函トンネルの建設に賛成です。


かなり前のことですが、TVの全国ニュースの中で気象予報士の人が台風情報を報じた時に、『台風は北海道に逸れました』と言ってしまい、北海道の人を中心に、『おい、北海道は日本じゃないのか』という抗議の電話が殺到したことがあったそうです。

気象予報士の人に悪意があった訳ではなく、恐らく全国放送ということを忘れて、東京の気象台の感覚で言ってしまったのだと思いますが、当時SNSもなく、大騒ぎにはならなかったようです。
しかし、北海道と本州が地続きで繋がっているという意識があれば、このような発言はなかったと思う。

昔、中国地方の知人が、四国の地元企業に就職した。
四国の方には失礼かもしれないが、就職して1年ほど経って、彼が、『どうも四国の人は、四国が田舎だとか経済力が小さいなどと、コンプレックスのようなものがあるようだ』と言ったことがある。

考えてみれば、田舎は本州の方がずっと多いし、田舎が悪いということでもないし、地元の経済力と言っても生活や経済活動に支障がなければ何も問題はないと思う。

その後、瀬戸大橋が開通し、例えば香川県の自宅から岡山県内の企業や大学にJRの電車で通い、あるいはその逆方向もあり、生活圏が広がって色々と選択肢が増えて便利になって、そのような意識も薄くなったのではないかと思った。

そんなことを想い出しました。
慣れないことを書くと疲れますね。

[Wikipediaから]
北海道新幹線WIKI.png
posted by いわし雲 at 23:06 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

民進党支持者の高齢化

時々報道される政党支持率などの世論調査の記事は、私は見出しだけ見て深入りしないことが多いが、昨年12月に報道された「産経ニュース」の『民進“シルバー政党”化 支持層の62%が60歳以上』は少し気になった。


『産経新聞社とフジニュースネットワーク(FNN)の合同世論調査で、主要政党の支持層に「60歳以上」が占める割合を見たところ、民進党は62%で、共産党(60・5%)や自民党(41%)などを上回った。過去の調査からも、民進党がじわりと“シルバー政党化”していく傾向が浮かぶ。支持層の高齢化は政策面ともリンクしているようだ。(千葉倫之)

 今回の合同世論調査で「民進党を支持」と答えた人の内訳は、60歳以上62%▽50代8・7%▽40代13%▽30代7・6%▽18~29歳8・7%-で、平均年齢は60・23歳だった。一方、自民党支持者は、同じ順に41%▽14%▽14・3%▽13・5%▽17・2%-と民進党よりもバランスがあり、平均年齢は53・13歳だった。

 民進党支持者の“シルバー率”は、旧民主党政権時代の平成24年ごろは50%前後で自民党と大差なかったが、徐々に増大。母数の関係で振幅は激しいが、全体として右肩上がりの傾向をみせ、最近は60%前後で推移している。

 逆に自民党ではじわりと60歳以上の比率が下がっている。裏を返せば現役世代の比率が増えたと言え、今回の調査では特に男性10・20代で極端な数字が出た。62・5%が自民党支持と答え、民進党支持はわずか1・4%だった(以上、同記事から引用)。』



ただ、私のように普段このような記事や図表を見慣れていない者にはよく分からないのですが、民進党の62%というのは、「民進党の支持者で「60歳以上」が占める割合」であり、一方、『男性10・20代で62・5%が自民党支持、民進党支持はわずか1・4%』というのは(ホントかなと思ってしまいますが)、「支持政党なし」も含んだその年代層全体の話ですよね?
前者と後者では、言わば数字のディメンジョンが異なっているので、直接的な比較はできないと思う。
しかし、それぞれ興味深い数値であるのは確かです。

そんなことを思っているうちに、2017.2.5付けで次の新しい記事が出た。
産経ニュース17.2.5」『若返る自民、老化する民進』

民進党世代別支持率表 産経ニュース2017.2.5.png

このグラフで見れば、昨年12月時点で民進党の支持率は、60歳以上で15% 、20-30歳代で5%程度でしょうか。確かに、2~3倍で、かなりの差があります。

検索してみると、民進党の支持者に60歳以上が多い理由として挙げられているのが、
『年寄りはTVを観る時間が長く、netを使わないのでTVに影響されやすいが、若い世代はその逆で、netで情報を取捨選択して判断できるためだ』というものが多いようです。
確かに昨今のTVや新聞の報道・論説を見ると、そう思う。

私用で定期的に行くお店があり、その店の隣に休憩所のようなスペースがあって、私も時々お邪魔している。
色々な年代・職種の人がそこに出入りしている訳ですが、何度かお邪魔していると顔見知りになって、親しく話
ができるようになった。

いつもは殆ど雑談で、政治の話などは出ないのだが、先日は65~80歳過ぎの常連の元気な男女のお年寄り4人が珍しく政治・経済の話をしていた。

いずれも年金を貰っており、うち2人は現役で仕事を続けているらしい。
話していたのは、『安倍が悪い、黒田が悪い、トランプが悪い』といったことだった。
理由は、『①100年安泰と言っていた年金をカットした、②アベノミクスが失敗した、③トランプが無茶を言って、日本が被害を受けている』ということだ。

私は、
①は自民党政権下で「年金の物価スライド」を、選挙対策や一過性のものと軽く見て物価が下がった局面で減額せず、その後の民主党政権でも続けていたのを元に戻しただけだと思う。

②は確かに金融緩和と第2の矢の財政出動が充分でなく、しかも2014年に3党合意により8%の消費税増税を行ったことが現在でも悪影響を与えていると思うが、一方、大学生の就職内定率が、2017年3月卒業予定で過去最高の85%となり、過去10年間、毎年3万人を超えていた自殺者数が2016年には2万2千人を下回り、それなりの成果を上げていると思う。

③は選挙中からの過激な発言で、為替レートや株価は乱高下しているが、実質的な影響が出るのは、どうなるか分からないが、今後のことだと思っている。

彼らは最後に、『民進党が良いのだ』と言っていたのには驚いた。

国会議員が、国民の声を代弁する代表だとすると、私は仮にいかに立派なことを言っていても、嘘つきや卑怯な議員には投票しない。

こちらから発言する気はなかったが、
つい『二重国籍問題の説明をせず、過去に民主党が行ってきたことを安倍政権のせいにして非難し、審議拒否しながら審議が足りないと言うR4や、説明すると言いながらガソリンプリカ問題を説明しないガソリーヌ山尾などは、問題ないのか?』と尋ねてみたところ、
『あれくらいのことは、誰でもやっている。大したことではない』
とのことであり、これ以上話しても無駄だと思った。

彼らの言っていることは、TVのコメンテーターの受け売りのようだった。
考えてみると、確かにみんなTVはよく観ているし新聞も読んでいるが、PCやスマホを持っている人は一人もいなかった。
一部の人の状況から全体を判断する気はないが、TVやnetの情報が、やはり政党支持に大きな影響を与えていることは否めないと思う。

やはり、株式の譲渡を認めず、株主からの圧力がない状態でいい加減な報道をする新聞社、その子会社で激安のコストで電波を独占して偏向報道を行っているTV局を健全化するため、「日刊新聞紙法」の廃止、「電波オークション」の実施が必要だと思う。


ところで、政府は国民の生命・財産・安全を守るのが第一義であると思う。
そこで、安倍政権に対して疑問を抱くのが、安価な労働力として海外からの移民の推進や帰化の迅速化・容易化を進めていることがある。
ここは納得しがたいところである。


さて、話は変わって、先日久しぶりにヒツジさんに会いました。
ウイリアム王子の第一王子の名前の話ですが、イギリスの伝統的な王子の名前だと、ヘンリー、チャールズ、ウィリアム、ジョージ、エドワードなどが多いからという理由で、次はジョージかなと思っただけということでした。
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2016年12月18日

理系と文系-2

(suite)
前回のいきさつから言って仕方がないのですが、「理系と文系」というタイトルを付けたことには、少し後悔しています。
このタイトルでは、読みに来てくれる人がいないと思うからです。

閲覧者を増やすことを目的にして始めた訳ではなく、自分の考えを整理するために始めたブログなので、読者に媚びてまで閲覧者を増やす気持ちはありませんが、やはり自分の考えに同調してくれる方、あるいは、そこまで行かなくても、私が記事を書いたことによって「あなたの考えには賛同できないところがあるが、自分も少し考えてみた」という方がおられれば、ブログ主としては嬉しい限りです。

とは言え、内容が良くないために閲覧者が少ないのであれば仕方がないにしても、このブログの記事があること自体を知ってもらう機会は殆どないので、少しでも多くの人の眼に触れる機会が増えるようにと「人気ランキング」などに入っています。
少しでも上記の方々が多くなるかも知れないと思うからです。
殆ど妄想かも知れません。

ブログを始める前には、「普通に紙で日記をつければ、後から、あの頃どんなことを考えていたのかが分かって良いのではないか」と思ったこともありましたが、今までの自分の経験から考えてみると、自分の性格からそんなことはとても無理だと思い、思い切って、よく分からないままブログを始めました。

日記なら、私の場合、1日目は気合いを入れてかなりの分量を書くと思いますが、2日目には「○○のほかは、前日と特に変わりなし」となり、3日目には「前日と同じ」、以後、「同前」、そのうち「〃」となってしまい、その後は空白が続くというパターンになることが眼に見えています。

相変わらず、関係ないことから書き始めるという悪い癖が抜けませんが、『自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思う』と前回の記事で言ったので、何か参考になることが書ければと思います。。。


また昔の話になって申し訳ありませんが、自分が高校生の頃のことを考えてみると、受験とか試験とかを気にする必要がなくなった社会人になった後で、当時もっと勉強していれば良かったなぁ、と思うことがあります。

(1)数学
教科書には殆ど説明がなかったので、塾にも行かず、教師に質問をする熱意もない私には、授業を聞いても殆ど理解できませんでした。
しかし、今の歳になって色々思うことがあります。

例えば、今年こそ私の、汚い・狭い部屋の大掃除をしようと思いますが、まず要らない物を捨てて、要る物を効率良く配置して、掃除機が使えるスペースを確保して掃除し、壁などに付着している煙草のヤニを拭き取って少しは快適な空間を確保したいと思って少し頑張っています。

その場合、ゴミを捨てるにしてもゴミの分別とかあり、また必要な物をどのように配置するかという問題がある訳ですが、そんな作業をしていると、中学生の頃に習った面白くもない因数分解で出てくる同類項の整理をやっているようなものだと思ってしまいます。

・何で円の内角は何故360°なんだろうと思ってしまいますが、これは人間が勝手に決めただけのことですね。
で、180°異なる意見というのは、正反対の意見と言う意味ですよね。

・直角の90°(◔)が何故「π/2」で表示されるようになったのか、当時は良く分かりませんでしたが、小学生の頃に習った「円周の弧の長さは中心角に比例する」ということから考えると、こちらの表示の仕方の方が合理的だと思うようになりました。

・イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線(経度)を0として、東経、西経180°で地球を分けたのだから、360÷24=15で、経度が15°違えば、時差1時間。
東経135°を15°で割ってみると9となり、GMTと日本標準時の時差は9時間ということがすっきりと分かって気持が良い。

・球の体積の公式では、 V = 4/3 πr^3 ということですが、何故ここに「4/3」と言う変な分数が出てくるのか以前から不思議でしたが、積分の計算のルールを知ると少し納得できました。
・・・・

余り説得力のない話になってしまったので、次で挽回しようと思います。。。


(2)物理
高校の物理の授業は良かった。
知らなかったことについての知見が増えるし、指名されて質問されることもなく、問題を与えられて次の授業の時に黒板に書いて説明をするように求められることもなかったためだ。
TVを観るようにリラックスして授業を受けることができた。
しかし、それが仇となって定期試験などでは悲惨な結果となった。
私は数学ができないので、仕方がないことではあった。

ある時、私は勉強をせず、F=mαの公式だけ覚えて試験に臨んだ。
その後の授業の中で、試験の答案用紙を一人ずつ順番に返された。
先に呼ばれて答案用紙をもらった友人は、100点満点の試験で18点の答案用紙を貰って凹んでいたが、私は自分のことは棚に上げて、『女の子の誕生日を覚えたり、その子の家や電話番号を調べる情熱を少しは勉強に向けたらどうだ』と偉そうに言ってしまった。

その後に呼ばれて私が受け取った答案用紙には23点と書かれていた。
大差ない。。。。
それで二人とも、頭の中に「赤点→追試→留年」のパターンが浮かんで、不安が募ってしまった。

・物理学を始め自然科学系の良いところの1つは、幾らその道の権威が新しい学説を唱えても、定量的に検証されなければただの「説」として終わってしまい、「理論」にはならないことだと思う。
定性的な話だけでは、確証を得られないことが多いので、数年のうちには相手にされなくなってしまうことがある。

・信号のない車道を歩いて渡る時など、私達は言語化して意識することはないが、車の位置だけではなく車のスピードなどを考慮して安全・スムーズに渡れるように行動していると思う。
遠くの車でも100km/hで走っている車は危険であるが、近くに駐車中の車には危険を感じない。
これは物理学的に言うと、一瞥のうちに車の移動距離を計測して、時間で微分をして速度を推測していることになるのだろう。

・自分が乗る自動車が、3気筒か4気筒かなどは知らなくても支障はないと思うが、ディーゼル車かガソリン車かは、エンジントラブルを起こさないためにも知っていた方が良いと思う。

・大学生の頃、少し変わった教授がいて、物理学の基礎講座を行っていた。
『ある空間に電荷があるとして、クーロン力(電荷に働く力のようなものだと思う)が働いて、どうたらこうたら』と言う話だった。
単位系の違いで計算の途中でπ(パイ)が出てくることがあるようなことも語った。
学生が突っ込んでいないのに、いきなり『皆さん、これはどんな空間か分かりますか?』とその教授が尋ねた。
『要するに、この話ができるような空間のことですよ』とのことであった。
笑っていい所なのかどうか、よく分からなかった。

・『位置エネルギーとポテンシャルエネルギーの違いが分かりますか?』とも言った。
よく分からないが、『微分すれば定数項は消えてしまうので・・・』という話のようだった。

・別の教授は、『物理学の世界では、よく0~∞の積分範囲の積分が出てきますが、原子物理学の実験の現場ではせいぜい10㎝も離れたところで測定すれば、∞ですよ』と言われて驚いたことがある。
その辺りの感覚がよく分からなかった。

何か支離滅裂で、やはり余り大したことは書けませんな。

(3)化学
「当量」の辺りから分からなくなって、以後、悲惨な成績だった。
考えてみると、化学は今流行の「健康産業」の怪しげな誇大広告などの矛盾点を論破するには、格好の教科でしたね。

薬で言うと、1日僅か1mg、1gの1/1000が1mgなので、体重が60kgの人から考えると途轍もなく少ない量ですが、それによって落ち込んだり眠れなくないという体調が影響され、大袈裟に言えば人生の幸・不幸の感情が左右されてしまう。
大馬力の車が、電子プログラムによるガソリン噴射ポンプの制御などの僅かな変化で、走行能力が大きく影響されるようなものだと思います。

誤解のないように言っておきますが、私は薬はできれば飲まない方が良いと思っています。
人間の心身には色々な調整能力があると思っているためです。
ただ、過大なストレスなどによってその調整範囲を超えて心身が参ってしまうことがあるので、一時的には薬に頼るのは賢明な選択だと思っています。

・化学の勉強の中で、「カルボン酸」「力価」などということを「やはりもう少し勉強していれば」と言う気持ちがあります。

・このように苦手な「化学」であり、正確に書けなくて申し訳ないですが、A+B→Cの反応が中学生の頃には無機物的な反応では当たり前だと思っていました。
しかし、「化学反応の平衡」「反応速度」などの概念を導入すると、A+B→Cではなく、A+B⇔Cということらしい。
C→A+B の反応は化合でなく分解だと思うが、化合と同時に働いていると言う。
一見、右向きの反応が圧倒的なので、そんなことは普通は考えない。

さらに、温度や圧力や触媒を変えても反応しないことがあるが、これは反応が止まっているのではなく、右向きの反応と左向きの反応が平衡を保っているのだと言う。

これは色々な面で、以後の私の考え方に大きな影響を与えた。
うまく言えませんが、物事を理解するには当たり前と思われる一面的な理解だけではなく、色々な見方がありますよ、ということに少し考えが及んだということです。

・・・・・
当時、何故成績が悪かったというと、「勉強をしなかったから」と言ってしまえば、その通りなのですが、私の心の底に『人間の決めたことなんかに大したものなどない』というニヒリズムのようなものがあったためだと思います。
そんな色々なことを覚えるのにエネルギーを使うことに抵抗があった、ということもあります。

理系の科目の理解には、「これはこのように決めよう」という定義や概念を明確に理解していなければ、その先で躓いてしまい、問題集を解いてパターン化された質問の答えを出すことには慣れてきますが、本質的な理解や面白さが分かるようにはならないと思います。


結局、タイトルに関連した大したことを書けないまま終わってしまいますが、私達の身体は何故か万有引力の法則を初め、各種の法則に支配された世界の元にあり、生きていく上ではそのような法則を知っていた方が、都合が良いということなのかなと思います。


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posted by いわし雲 at 00:17 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

理系と文系

凡人たる私が言及するのも失礼なんですが、やはり高橋洋一さんは凄いと思う。
一つは、限られた時間の中で、一般人にも分かり易いように説明されることだ。
具体的な数字を挙げて説明されることはあるが、『これは経済学では「○○○」と言って、今後こういう結果になるんです』などと言って、専門用語で煙に巻いて話が終わってしまうというところがない。

もう一つは、大蔵・財務省内部にいた自身の経験から、一般の報道には出て来ないような官邸・財務省などの情報を教えてくれることだ。
財務省の論理、具体的な手法について話されることもあり、財務省は、かなり腹を立てていると思う。

また、以前の高橋洋一さんの記事で、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律(昭和26年法律第212号)」が取り上げられたことがあるが、『読売、朝日、毎日、産経、日経新聞などは、何故上場企業ではないのか』ということは、私を含めて一般の人は上場していないことすら殆ど知らないし、疑問を持たなければ決して検索して調べることもない内容であり、有益だったと思う。

あれだけズバズバと発言されるので敵も多く、「御用学者」だとか、人格攻撃まで行って反論する人がいるが、冷静にその反論を読んでみると、その人達は無批判に事実とは思えないことを受け入れてしまって正確に物事を理解しないまま反論の根拠としていることが多く、簡単に言ってしまえば、高橋洋一さんの圧勝だと思う。

このように書くと、私を高橋洋一さんの「信者」だと思う向きがあるかも知れないが、そんなことはなく、ただ、私の幾ばくかの理性に照らし合わせて考えてみると、その発言に納得できるところが多いというだけことです。

少し水を差すようですが、私は竹中平蔵さんの発言を直感的に受け入れることができない。
誤解を恐れず分かり易く言うと、私は彼が嫌いです。

竹中平蔵さんは、かつて高橋洋一さんの上司であった筈だから、『この二人の関係はどうなんだろう?考えに共通するところが多いのだろうか?』と気にはなるが、そのことで高橋洋一さんの主張に対する評価が変わることはありません。


表題の話がいつまで経っても出て来ないし、一体何の話をしているのか、と思っているのは私だけではないと思いますが、遅ればせながら、この辺りから本題に入りたいと思います。

いささか旧聞に属しますが、築地市場の豊洲移転問題での高橋洋一さんの記事で、理系と文系という言葉が出たことがあります。
一部のマスコミが、豊洲の地下水から「ヒ素が環境基準の4割検出」などと報道した後、高橋洋一さんが『それはミネラルウォーターの安全基準以下だ』と言ったところ、その後の報道が止まったらしく、その時「マスコミは中学の理科、基礎的な高校の数学・物理・化学程度の知識を持て」という文脈の中で、「理系」「文系」が出たのだったと思う。

確かにこの報道の見出しを見て、私も「ヒ素が環境基準値の140%だったのか」と思ってしまった。
「環境基準の4割」で何が問題なんだろうと思う。
『ヒ素が悪い』という「0か1か」「善か悪か」という二項対立的な話でなく、科学的・現実的な話をしましょう、ということだと思う。
私は、人間の生活の殆どは0と1の間の、言わば小数点の世界で行われていると思っているので賛同します。

さて、「理系」と「文系」の明確な区分は分かりませんが、私的には大学などで高度な数学を使う自然科学系の人が「理系」の人というイメージです。
もっと身近な感覚で言うと、大学の入試で「数Ⅲまでの数学」と理科で「物理」「化学」などの2科目が要求されるのが「理系」という感じです。

理系の人が文系の人と比べて優れているかというと、私はそんなことは勿論思っていませんが、自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思います。

もし、理系の人が、数学の解を簡単に求めるように政治の世界で政治問題を解決できるのであれば、例えば国会議員の資格に上記の科目の試験結果を要件にすればいいと思います。
最近の有名な国会議員で理系の人はだれがいるかなぁ、と考えてみたところ、思いついたのは、
鳩山由紀夫、菅直人、志位和夫などの人達でした。
そう言えば、ドイツのメルケル首相も東ドイツの物理か化学の学者でしたね。
理系は政治の世界ではあまり関係ないような気がします。

少し長くなってきたのと、また操作ミスで記事の一部が消えてしまって少し凹んだので、勝手ながら中途半端にこの辺でいったん終わります。
『自然科学の基礎的な知識と考え方は、生きていく上でかなり役に立つ部分があると思う』という辺りをもう少し自分の経験から書きたかったんですが、申し訳ありません。


と言う訳で、続きは『明日の心だ』(知ってる人、いますか?)


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posted by いわし雲 at 02:35 Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・時事 | 更新情報をチェックする

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