2016年01月10日

コンビニとドア

私がよく行く1つか2つかのコンビニのドアは、手動になっています。
時々店に入る時に、たまに出る人がドアを開けて暫く手で開けたままにしてくれることがあり、私は「すいません」とか「ありがとう」と言って店内に入ります。

私も逆に同じことをしますが、別に意識してしている訳ではなく、たまたま店を出るためにドアを開けて出た時、目の前に店に入ろうとしている人がいれば、その人が入るまで2〜3秒長くドアを手で支えているだけです。
殆どの人は何も言いませんし、私も期待もしていませんが、何人かに1人は、お礼を言ったり、お辞儀をされたりします。

先日は怖い顔をしたおやじさんが、小声で「すいません」と言ったのにはびっくりしました。
リンカーンは「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持つべきだ」と言ったらしいですが、顔付だけでは分からないこともあるんだなぁ、と思いました。

そのおやじさんが、いわゆる良い人か悪い人かは分かりませんが、少なくても他人の些細な親切or要らぬお世話が分かる人であることは確かです。
2015年10月29日

帽子は嫌い(一部修正)

私は帽子が好きではありません。
子どもの時に、「刷り込まれた」のかと思っていましたが、20ほど歳が離れた後輩が、何かの文脈で、「僕は帽子を被った人が嫌いなんです」と言っていたので、満更そういうことではないのでしょう。

建物の中やTVのスタジオで帽子を被っている人を見ると、嫌悪感を感じて、TVならすぐに切ってしまったりしていました。ファッションだとしても、ちょっと嫌です。ジェロも好きでしたが、あの帽子姿は嫌でした。

TVは別にして、案外年寄りにこういう人が多いのが意外でした。頭髪を隠すためか、脱いで手に持つのが面倒なのかもしれませんが、酷い人になると、帽子を被ったまま病院や市役所などの公共施設、ケータイショップのカウンターに座って電話をしながら、手続きを行っている人がいます。
私は、みっともないと感じています。

ちなみに、プロ野球の試合などでは、ナイターにもかかわらず帽子を被っていますが、それについては全く違和感はなく、当然だと思っています。被らない方が、格好悪いと思います。「キャプテン翼」でゴールキーパーの「若林」が帽子を被っていたと思いますが、それも気になりません。

WIKIによるとエチケットとして、「もしその人物が家の中に入って来て、帽子を脱ぐようなら真の紳士。
帽子を脱がないのなら紳士のふりをしている男。
そして帽子をかぶっていない人物は、紳士のふりをすることさえあきらめている男。」
というのがありました。
私は3番目ですね。

さて、そうはいっても、真夏の暑い時期に屋外で作業をしたり、長時間歩いたり、スポーツをする人は、やはり帽子を被った方がいいと思います。

私が気になるのは、あくまで屋内での話です。

私が子どもの時、夏休みに親の実家に何日か遊びに行ったことがあります。かなりの田舎だったんですが、毎日、帽子を被らず小川や小高い山などを遊び回っていました。すると高熱が出て、酷い寒気も来て、結局医者が往診してくれて注射を打ち、「日射病ですね」と言われてしまいました。
やはり帽子を舐めてはいけないと思いました。

かなり年上の、もう高齢者に近い方と車に同乗した時に「何故、車の中で帽子を被るんですか?」と訊いたことがあります。すると、「夏場は車の天井が焼けて、頭が暑いんだ」と言われました。
今まで不思議に思っていたんですが、なるほど確かにそういうことはあるかもしれませんね。

まあ、それぞれ事情(特に外見からは分らないようなことも)があってのこととは思いますが、周囲を気にしての行動はして欲しいと思います。

私は、ファミレスなどに冬季に入る時には、入り口でコートを脱ぎます。
誰に習ったという訳ではありませんが、案内された席で脱ぐと、周りで食事をしている人にゴミが散らかるような気がして、他の客に不快な思いをさせるのでは、との思いからです。
こんなことは当たり前のことかもしれませんが、無頓着な人もいるので、そんな感覚を持つ人が少しでも増えてくれれば嬉しいです。
タグ:帽子は嫌い
2015年10月13日

Let It Be への思い

私は、ビートルズの曲が好きです。
年代的には、かなり上の世代が熱狂していたらしいのですが、私が「The Beatles」に出逢ったのは、昭45(1970)年にビートルズが解散して、相当の年月が経ってからです。
ビートルズが昭和41(1966)年に来日して、武道館でコンサートを行い、その前座を「ドリフターズ」などが務めたことも、当然知りませんでした。

A Hard Day's Night」を聴いた時には、「like a dog」「like a log」と英語の歌でも韻を踏むことがあるんだな、と思ったり、賑やかな曲とは裏腹に、何かどうしようもなく、やるせないようなものがあるように感じました。

ところで、私が文中に昭和と西暦を入れるのは、自分も読む方にも分かりやすいと思うからです。
例えば、今年は昭和で言うと、昭和90年になるので、生まれ年などを聞くと、すぐに年齢や何年前かが分かります。

知っている方も多いでしょうが、昭和に25を足すと西暦になります。さらに、これは多分「ザ・ボイス」の飯田アナウンサーが言っていたと思うんですが、平成に88を足すと西暦になります(なるほど)。
脱線ついでに、西暦に660を足すと、皇紀での年になります。今年は皇紀2675年です。
神武天皇が即位した年から数えるようです。皇紀2600年は昭和15(1940)年で、この年にゼロ戦が開発か配備かがされたので、その名が付いたらしいですね。

話を戻します。
Beatlesの好きな曲にはいろいろありますが、「Let It Be」は、とりわけ気に入っていました。知人とカラオケに行って、「また、Let It Be か」と言われても気にせずに歌っていました。

私はスマホなどは必要性を感じないため持っていないので、今では自分の部屋で、もっぱらpcで動画の検索をして聴いています。
動画にBeatlesのアルバムの写真を貼り付けて、Coverとも書かずに別人が歌っているのは止めて欲しいですね。
私は大体バックグラウンドとして聴いているので、画像はなくてもいいくらいなんですが、「あれ、前奏の演奏や声が違う」と思って、別の動画に切り替えることが時々あります。

ちなみに、Beatlesのアルバムで一番売れたのは、日本では「Let It Be」ですが、世界的には「Abbey Road」らしいです。

Let It Be の終わりの方の、

And when the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine on until tomorrow, let it be
I wake up to the sound of music,
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom, let it be

の辺りが特に気に入っています。

I wake up to the sound of music」の「to」は、文法的には「〜に合わせて」という意味で使われている前置詞だと思うのですが、違うでしょうか?
「Mother Mary」は普通に「聖母マリア」と思っていましたが、ポールの母親が「Mary」という名前で、夢の中に出てきて曲を作るヒントになったとポール自身が語ったという話があるようですが、本当でしょうか?

まあ、曲を分析するのは余り好きでないし、無粋だと思うので止めようと思います。
何かと拘りがちな、こういう性格が人に嫌われるのだと思います。
多分、要らぬことは思っても喋らないというのが、良い人間関係を保つ秘訣なんでしょうね。
前の記事で、「(あの時)言っておけばよかった」と後悔しない方に軸足を移す、と言いましたが、やはり何事にもバランスが必要だと痛感しています。

ただ、もう1つだけ言わせてもらうと、それがこの記事をupした理由なのですが、それは、記事のタイトルそのものです。
「let it be」は大抵、「なすがままに」とか「あるがままに」と訳されていますが、今の私は「自分を変えたい」と思っているので、ここに非常な葛藤を覚えるのです。だから、この曲を聴こうと思う時、抵抗を感じるようになってしまうのです(結局は複雑な気持ちで聴いていますが)。

前に自分のことを、キリスト教に関心を持つ者と言ったことがありますが、私は毎日のように、『祈りの園』のHPへ行って、ペトロ神父の日替わりの話を読んでいます。
その中で、ある時、誰かの祈りの引用をしていました。詳細は忘れましたが、大体次のような内容だったと思います。
 
主よ、私に変えることができるものを、変える勇気を与えてください
   変えることができないものを、受け入れる寛容さを与えてください
   そして、変えることができるものと、変えることができないものを 見分ける分別を与えてください

少し記憶違いがあると思いますが、私には響く言葉でした。

まあ、「let it be」にも「変えることができないものを、受け入れる寛容さを持ちなさい」という意味があるのでしょうが、どうも私はひねくれていて、「今のままでいいんだ」とか「気にせず放っときなさい」と言う意味に取ってしまいがちです。

私は「自分を変えたい」、「変えることができるものは変えたい」と、もがいているので、このフレーズに少し複雑な気持ちを抱いてしまっているのが今の状況です。

「変えることができないものは、抵抗せず受け入れなさい」というのは、あちこちの人生訓などで書かれていますが、私もそのとおりだと思っています。


・・・・・
ブログの初心者のため、デザインが崩れたり、再upになってしまったりと、ご迷惑をかけ、申し訳ありません。
なお、今回は、前回の教訓からUSBに保存していたので、全て記憶に頼って書き直すという悲劇は避けられました。少々、加筆・訂正してupします。
春はあけぼの ボタンの三つ四つ、二つ三つなど押すも いとをかし

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