2017年03月10日

Hey Judeと占い師の話、ユングの性格診断

先週来、記事の本文を少し左寄りにして、右サイドとの間を空けよう、などとブログのデザインをいじったところ、右落ちしたり、記事が表示されなくなったりと散々でした。
その間に覗きに来てくれた人がいたら、申し訳ありませんでした。
継ぎ接ぎだらけコマンドなので、どれが有効なのかよく分からず、重複していると思われるコマンドを削除したりすると問題が起きたりします。
まだエラーは出ていますが、なんとか表示は改善されたと思っています。


さて、The Beatles に「Hey Jude」という曲があります。
私がこの曲を初めて聴いたのは、ビートルズが解散してかなりの年月が経過した後でしたが、「良い曲だが、とにかく長い」というのが、当時私が抱いた印象でした。

その頃は英語が全くできなかったので、歌っている内容も分かりませんでした。
たまたま『ヨーロッパで柔道の人気が高まっている』というTVニュースを観たせいか、最初に聴いた頃には『英国に来た日本の柔道家を讃えた曲なのかな』とひどい勘違いをしていました。。。


その中で、『Don't carry the world upon your shoulder.』という歌詞が印象に残っています。
「何でもかんでも一人で背負わず、肩の力を抜けよ」という感じでしょうか。

どうでもいいことを気にしがちな私にとっては、
『変えることができないこと、自分に直接関係のないこと、自分が関心を持っていないこと、に余り神経を使うなよ』と言われているような気がします。


脈絡なく話は勝手に飛びます。
ビートたけしの「たけし吼える!」(飛鳥新社)を読んだことがあります。
(多分)その中に、良く当たると言われている占い師の話があった。

その女占い師は、相談に来たお客の表情と手相を見て、
『あなたの悩みは、仕事(経済的問題)か、人間関係か、健康上の悩みですね。今は辛いでしょうが、そのうちにだんだんと良くなってきますよ』などと言うそうです。

これに対してビートたけしは、例の毒舌で、『人間の悩みなんて、そんだけしかねぇんだよ。そんなの放っておきゃあ、そのうち何とかなるんだよ。しょうがねぇなぁ』と言っていたと思います。

このように考えることができれば、良いと思う。
生きていく上で、忘れる能力、気にしない能力は、適度にあった方が良い。


ユング心理学で、性格タイプの話が出てくる。
性格診断などに関心がある人で、私よりも詳しい人も多いと思うが、私なりの単純な理解は次のとおりです。

「思考」と「感情」、「感覚」と「直観」、「外向」と「内向」という対立した概念が、それぞれ両端方向に向いている直線を考える。
その3本の直線を空間座標のx,y,z軸のように、原点で互いに直交させる。
その3本の軸で区切られた8つの領域のどの位置に属するかによって、性格の傾向の強さを分析する。

というものです。

ちなみに、ユングは一時期同僚だったアドラーを見て、人間には内向的な性格の人もいるのだと気づいて、「外向」と「内向」という軸を考えたという話もあります。

性格タイプを考えるときの前提として、

@性格の優劣を決めるものではない。
A性格は固定されたものではない。

ということがあります。

余り考えずに言ってしまいますが、
@は人それぞれに得手・不得手があるので、そうなのだろうと思う。
自分の性格に合った時代や環境の元では、人は生活しやすいと思う。
Aは自分の子どもの頃からの友達のことを考えてみると、当時、内向的で口数の少なかった人が、大人になったら社交的で喧しいくらい喋るようになったことを思い出した。
本人の性格が変わったのか、元々内に秘めていた性格が弾けるように外部に表れただけなのかは分からないが、外から見ると性格が変化したように見える。

この性格タイプというものが使えるものであれば、自分の思考・行動傾向が理解できて、生きていく上で役に立つかも知れない。

net上に「ユング心理学による性格診断」というものがいくつかあったので、試しに1つやってみた。
すると、「非合理的内向・感覚タイプ」となり、『人から誤解を受けやすく、直観による将来的見通しが苦手で、方向音痴が多い』などとひどい結果だったが、残念ながら当たっているようだ。

そういえば、人の話を伝えるのが下手で、何故か自分が言ったことになったり、私が人の悪口を言っているように受け取られたりと、確かに誤解を受けて非難されることが多かった。。。


今日はまた、思いつきでとりとめのない、少し湿った話になってしまい失礼しました。

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)
Wikipediaから

jung.png
2016年11月27日

「高校三年生」と勘違い

人は誰でも「勘違い」をするとことがあると思うが、周りの人や世間に迷惑を掛けるものでなければ、別に他人がどうこう言うほどのことではないと思う。
と言うか、他人のそんなことにいちいち構っていられないというのが実情でしょう。

普通は直ぐに、あるいは数日して、大抵自ら「オレも馬鹿だなぁ」と勘違いに気がついて解決することが多いのではないかと思う。
ところが、場合によっては数年以上経って自らの勘違いに気づき、唖然とし、恥ずかしい思いをすることがある。

何が言いたいのかと訝しむ向きがあるかも知れませんが、一つは前回の記事で私が要らぬクイズを出したことです。
もし、迷惑を掛けていたらすいませんでした。


もう一つは、以下に書くことについての、表題に関する幾ばくかの言い訳です。
・・・・

舟木一夫に「高校三年生」という曲があります。
1963(昭和38)年にリリースされ、当時、滅茶苦茶売れたらしい。
流石に、私はこの曲が出た時のことは知らないが、不思議に歌えるくらい覚えている。
多分、TVの「懐メロ」番組などで度々放送されたためだと思う。
・・・

また話が飛びますが、私が子どもの頃にはTVのゴールデンタイムに時代劇が放映されることが多かった。
父親が時代劇が好きだったので、私も自然と観ることが多かった。
大体、1時間番組だと30分過ぎくらいから殺陣が始まって、その後、それが治まって暗黙的に約束された視聴者が望む結末となる。

そこには、今では考えられない法治を超えた強大な「権威と力」があり、「勧善懲悪」の思想があった。
当時私もそんな番組を観て「すっきりした」気持ちになった。

その中で少し異色だったのが、NHKで何曜日か忘れましたが、多分19時30分頃から放映されていた「鳴門秘帖」だった。
主演は田村正和、三林京子で、「カピタンの旦那」とかが出てくる。
敵方のカピタンはCaptainで、船長のことらしい。
カピタンはクリスチャンで、額に十字架の刺青のようなものがあったと思う。
番組中の間奏の三味線も絶妙で、いつも観ていた訳ではないが場面や展開も面白かった。。。
こんなことを知っている人は殆どいないと思うので、この辺でやめますね。

検索してみると、時代的には私のイメージとは異なり、「鳴門秘帖」は舟木一夫から、かなり後のようだった。
残念なことに、私の頭の中では同じ頃の感じです。
大丈夫かなぁ。

何で時代劇の話をしたのかというと、舟木一夫の曲については「銭形平次」の主題歌の方を長く聴いた記憶があるからです。




それで舟木一夫の「高校三年生」ですが、歌詞の中で
「ぼくら離れ離れになろうとも くらす仲間はいつまでも」 
というところがあります。

これは、私にとって不思議で、何で「離れ離れ」になっているのに「暮らす仲間」なのかなぁ、とずぅーっと思っていました。
・・・・

何年かの時を経て、「謎は全て解けた」。
TVも以前より進化したらしく、懐メロでも歌詞が画面の下に流れるようになった。
それで「高校三年生」を視聴した時には、「あーっ」と声を出してのけ反ってしまった。
「暮らす仲間」ではなく「クラス仲間」だったのだ。

「クラス」という言い方は普通にあったし、「クラスメイト」という言い方も、マイナーではあるが理解できていた。
しかし、当時私の周りで「クラス仲間」という言葉は聞いたことがなく、意識にも上らなかった。

それで何年もの間、私は勘違いしていた訳です。
少し恥ずかしい勘違いの話でした。



2016年11月13日

鉄棒の話

ぶっきらぼうに鉄棒と書いてしまいましたが、何のことかと言うと、器械体操の鉄棒のことです。
小学生の頃、私が一番好きだったのはサッカー、野球などの球技でしたが、実は鉄棒も得意だった。

鉄棒が好きな子どもも珍しいと思うが、後に体操部に入った友だちと一緒に、当時住んでいた近くの公園で次々と新しい技を開発していた。
と言っても、新しい技と思っていたことは、後から見ると大抵「背面逆上がり」などと正式な名前がついていた。

年寄りが昔のことを自慢するようで少し嫌なんですが、後半に関係してくるので、少しだけ我慢してください。

「飛行機飛び」「巴」「こうもり」など、当時の技をを思い出します。
「こうもり」は膝の裏に鉄棒を挟み、両手を離して身体を振って手を付かずに着地するという技なんですが、これは直ぐにできるようになった。

ところが、その友だちが『鉄棒の上に座って両手を離して後ろに倒れて、膝の裏で鉄棒を挟んで回転し、手を付かずに着地しよう』と、とんでもないことを言い出した。

これは正直怖かったが、暫くして二人とも結局できるようになった。
しかし最初、私は一人で児童公園の鉄棒で、『えいや!』とやってみたが、足が外れて頭から落下して痛い思いをしてしまった。
やはり、怪我をしないためにも年長の補助者などと一緒に練習した方がいいですね。

それで、その現場を見ていた年下の子どもがいたようで、何日かして再びその児童公園に行ったら、離れたところで指差して『あの人、この間鉄棒から落ちた人だ』などと言っている。
少しむかついた。
・・・・・

その後、暫く鉄棒からは離れていたが、中学校の体育で「蹴上がり」の練習をすることになった。
「蹴上がり」は見ていて格好がいいが、難易度が高く、自分ではまだ無理だと思っていた。

案の定、クラスの男子生徒で「蹴上がり」ができる人は、1人いるかいないかであった。
が、何度目かの授業で、できる人が増えてきた。
私も、「よじ登る」という感じで、格好がいい訳ではないが、60〜70%くらいの割合でできるようになった。

できるようになった理由は、「手首を返す」という自分なりのコツが分かったことだ。

思えば「背面逆上がり」の時、最初に鉄棒を掴んだ状態のままだと、力を入れてもいつまで経っても上に上がれないことに気付いて、「手首を返す」ことを覚えてできるようになったことがある。
多分、最初の掴み方だと、力を入れても鉄棒の上に上がる方向にうまく力が働かないのだと思う。
それで、「蹴上がり」でもやってみたところ、動きがあるので難しいが、何とかできるようになった。

ちょっとしたことだが、「できる」と「できない」の違いは、子ども心に大きな違いだ。
コツについては、これくらいのことは誰か教えてくれれば良かったのにと思うが、できる人はそんなことを考えず、やっているうちに自然に身体が覚えてできるようになったのかな、と思う。
・・・・・

今の地に来て、近くの児童公園に行った。
当時から40年くらい経っている。。。

今は鉄棒など全くできない。
以前は、8回くらいは普通にぶら下がり懸垂ができていたが、今は0回。
中年になって太ったからだと思う人がいるかも知れないが、事実は逆で、筋肉が溶ける症例が発生したためで、今までの「やや肥満」から10数kg痩せて「痩せ」になってしまった。

それで、筋トレと五十肩の再来を克服するため、今の近所の児童公園で「斜め懸垂」や「ぶら下がり」をやっていた。
少し高めの鉄棒に私はいたが、繋がっている低めの鉄棒に小学校の中〜高学年の男の子と若い母親がやって来た。

いきなり子どもが逆上がりを行い、『元気があって、いいな』と思ったが、母親が急に『逆上がりは順手で行わなければいけないんでしょう?』と真顔で私に話し掛けてきた。

突然のことなので、『正式には、そうだと思います』と曖昧に答えてしまった。
すると、その子は何も言わず、順手で逆上がりをしたが、最後で鉄棒の上に上がることができず、元に戻ってしまった。

咄嗟に、昔の経験から『鉄棒の上に上がる時に手首を返さないと上がれないよ』と身振りを交えて言ったところ、その子は無言で行動に移し、逆上がりができた。

思わず『凄い!』と言ってしまった。
母親は『ありがとうございました』とお辞儀をして、二人とも帰っていった。

「えっ?」と思った。
私がその子なら、筋力が回復する5分程して成功率70%くらいになって、「できる」という自信を持ってから帰るのだが、鉄棒にそれほど執着はなく、小学校の授業で指摘されたことを解決したということなんでしょうか。

ま、私の言ったことで、もやもやが少しでも解消したのなら、それはそれで良かったと思う。
以上、自己称賛の話でした。


この母親が何故話し掛けてきたのかと少し考えたところ、恐らく同じ町内のおっさんだろうと安心していたからかな、と思った。

たまに市の中心部に行くと、時間に余裕がある時には、私はぼーっしてとチンタラ歩いていることが多い。
それで、話し掛けやすいのか、道を尋ねられることが他の人より多分多い。

井上陽水ではないが、方向音痴の私に道を尋ねるとは『あなたも運の悪い人だ』と気の毒に思う。
途中に何があってどう進んだらいいか、とか訊かれると順番は覚えていないのでお手上げだが、○○町の〇〇ビルの〇〇はどこですか?と訊かれると、そのシーンが思い付くことがあって、半分くらいは役に立ったと思う。

何の話かよく分からなくなってきましたが、人はそれぞれ都合があって行動しているのだろうと改めて思ったということです。


[おまけのクイズ]
今日は一見マジメな文学関係の問題です。
でも、私は読んだことは覚えていても、内容や読後自分がどう思ったかということは、全く覚えていない。
最近は小説を読む元気がありませんが、以前、どんな小説を読んでいたかな、ということで思い付いた、また曖昧な記憶に頼った問題です。
間違いがあったら申し訳ありません。

@「夜になってミッシェルは話し始めました」で始まる小説名。
A「親があっても子は育つ」と言った戦後の日本の作家。

◌◐◒◓◑◔◕
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