,

2015年11月19日

今の日本人とキリスト教

前回同じタイトルでUPしたのですが、余りにも誤字・脱字などが多かったので、再UPします。大変失礼しました。他の記事を修正したことで、順序が変わってしまい申し訳ありませんでした。


良いタイトルが思いつかなかったので、大げさなものになってしまいましたが、評論文を書くつもりも、その能力も私にはありません。単純に、「日本のクリスチャンは1%もいない」とよく言われますが、何故こんなに少ないのか?といつも思っていましたので、私なりに考えたことを書いてみました。
歴史的・地政学的なことや、我が国には元々仏教や神道が根付いていた、などということは考慮していません。単純に、一般の人がキリスト教に感覚的に馴染みが薄いのは何故か?という話です。

私はキリスト教に関心を持っていますが、洗礼は受けておりません。一度だけ、かなり前ですが、友人のカトリック信者に勧められて日曜日に教会のミサに行ったことがあります。たしかミサ終了後に、皆んな並んで順番に神父さんのところに行くのですが、(その前に?)渡されたコインのようなもの?を持ち帰ってしまい、後で友人に笑われたことがあります。いまだにその意味が分かりません。

普段の私は、恐らく大方の日本人と同じで、お正月には、気が向けば近くの神社に初詣に行き、お盆には、家にご住職がお経を上げに来てくださり、年に何回か墓掃除を兼ねて墓参りに行く、といった感じです。

さて、1%の話ですが、どういう数え方をしたのか、また、どの辺りの信者まで含めているのか(怪しい教団がありますので)という疑問はありますが、日本にクリスチャンが少ないのは確かでしょう。
日本人にキリスト教が受け入れられない理由として、思いついたこと、というか私が感じていることを簡単に書いてみます。

(1)人は生まれながらに罪を負っていると語ること。
   アダムとイブの話から来ているのでしょうが、日本人には受け入れ難いでしょうね。赤ん坊にも罪があると考える日本人はいないでしょう。
(2)旧約の神が、やたらに生贄を求めているように見えること。
   日本人は無益な殺生を嫌い、実験に使った小動物に対しても、慰霊塔のようなものを作りますね。
(3)同じく全知全能の筈の神が、簡単にサタンに唆されてヨブを痛めつけた(過酷な試練を与えた)こと。
   そうですよね。ヨブの神への信仰を試すということと、神が全知全能ということは、相容れませんよね。また、ヨブの抗議に対して神が「お前は雪を作るところを見たことがあるか」とか「雷ができるところが云々」などと言って、神が自然現象を司っていることを誇示しているような描写があったと思いますが、ここはどうも神の方が分が悪いと思います。
なお、この話については、私はC.G.ユングの『ヨブへの答え』がかなり気に入っています。
(4)汝の敵を愛せよと語ること。
   私の読み方が浅いのかもしれませんが、自分の愛する人が殺されて敵を愛せる人はいませんよね。また、イエスが敵であるサタンを愛した筈はないですよね。聖書の前後の文脈を確認せずに、勝手なことを言ってすいませんが、ここは聖書の中でも、核心的な部分ですね。
(5)右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ、という言葉。
   この言葉も有名ですね。相手を赦しなさいということなんでしょうか。そんなことで私の信念は変わらないということでしょうか。私の知人で、「ここがキリスト教の一番嫌いなところだ」とはっきり言った人がいます。
(6)キリスト教徒は、十字軍の頃からか、現在でもやたらに戦争や紛争をしていますが、これはイエスの教えに反するものだというもの。
そういえば、ヒトラーもカトリック信者らしいですね。愛を強調するキリスト教なのに、イエスの死後、戦争や紛争が絶えることなく、教会の間でも諍いがありましたね。ただ、これはイエスの責任ではないと思います。

大体以上が主な理由ではないかと思います。

あと、ブドウ園の話とか、主人からかなりの期間預かっておいたお金を、土の中に埋めて減らないように保管していた下男が叱られ、商売か何かをしてお金を増やした下男が褒められる、などという、いろいろ議論がある話があり、違和感を持つ人も多いでしょうが、そもそもキリスト教に関心のない人はこんな話は知らないでしょうから、ここでは触れません。

蛇足ですが、聖書に接して(といってもかなり前に一度飛ばし読みをしただけですが)、私にとっては良かったと思われることがあります(大したメリットではないですが)。文章が下手なので、また箇条書きにします。

{1}欧米人の書物を読む時、宗教・思想の書物でなくても、やはり根っこにキリスト教の思想があるのだなぁ、と思われることがあって、少し理解が進みます(もちろん和訳の本です)。まったく異なるジャンルでも、直接、聖書の言葉やイエスに言及しているものも多いです。映画などでも、特に旧約のものは、題材になることがありますね。
{2}以前に流行った「目からウロコ」という言葉があります。これは、新約の「使徒言行録 サウル(後のパウロ)の回心」のところに書かれていますが、このことを知って使っていると思われる人は殆んどいない思います。知って使っていると思われる人は、この人はクリスチャンかな?、少なくても聖書かその関連の書籍を読んだことがあるんだろうな、とその人の人柄の一端が窺えるような気がします。
{3}昨年、フランシスコ ローマ法王が韓国を訪問しましたが、「韓国人は霊的に生まれ変われ」というようなことを言われました。これは恐らく新約の「ニコデモ」の話(ヨハネによる福音書3章1~)を踏まえてのことだろうなぁと思います。
   
ちなみに、世界の多くの国では、ローマ法王、イギリス女王、そして天皇陛下が最も丁重にもてなされる対象であって、各国を訪問する際には、その国の国家元首が出迎える慣習があるようです。ローマ法王の訪米でも、オバマ大統領夫妻が滑走路まで法王を出迎えたそうですね。日本のマスコミは、「異例の出迎え」と報道しましたが(すべてのマスコミが報道したのかどうかは知りませんが)、私にはそれほど異例なこととも思えません。
最近は長らく競馬をしていませんが、少し前の天皇賞の時、優勝した騎手のデムーロ(スペインではなくイタリアでした)が、御観覧に来られていた両陛下に向かって片膝をついて敬意を示しました。さすがだなぁと、そういうマナーを身につけていることに感心しました。
 

駄文で失礼しました。
posted by いわし雲 at 00:00 Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教・思想 | 更新情報をチェックする

スポンサーリンク