2016年09月12日

中秋の名月と仏滅と13日の金曜日と剰余系

今風に言うとリア充でないためか、昔のことばかり思い出してしまいます。
先日「中秋の名月」という言葉を聞いて、昔読んだ随筆を思い出した。

ある小説家が「今年の中秋の名月は、仏滅だった。」と小説に書いたところ、これを読んだ友人の小説家が、「おい、中秋の名月の日は、毎年『仏滅』と決まっているんだぞ」と言ったという話です。

当時はそれを確認するのも面倒だったので、「そうなのかな?」と思っただけでしたが、最近netで調べてみると本当でした。
旧暦の8月15日が「中秋の名月」になるらしく、今年は9月15日だそうです。
さらに、「こよみのページ」さんによると、旧暦の月と日を足して6で割った時の余りが5になると『仏滅』になるということでした。

(8+15)÷6=23÷6=3 余り5 で、『仏滅』です。

これは6の剰余系の話ですね。余りが「0」なら『大安』となるそうです。「こよみのページ」さん、ありがとうございました。

この『大安』『仏滅』『友引』などという六曜は、結婚式やお葬式以外では余り関係ないと思っていましたが、以前、中堅の建築会社の社長さんと次回の打ち合わせの日を決めるときに、「その日は大安ではないですね?」と訊かれて、「?」となったことがありました。
「この時期、大安だと関係会社の起工式などに呼ばれることがあるので、できれば避けて欲しい」とのことでした。
世間知らずの私は、「いろいろあるんだなぁ」と思った次第です。


次は13日の金曜日の話。
毎年必ずあるものなのでしょうか?

結論から言うと、「13日の金曜日」は毎年あって、閏年でも同じです。
確認の方法の1つは、前年の12月31日を「0」、1月1日を「1」と数えていって、毎月の13日が何番目になるを見ていくことです。
1月13日は13番目、2月13日は、1月は31日まであるので、31+13=44 番目というように、1年の各月の13日が1〜365 or 366 の何番目になるかを調べて、それを7で割ったときの「余り」を見てみると、0〜6まで全て出てくることから確認できます。

7の剰余系ということですが、もちろんこんなアイデアは私には思いつきません。
何かで読んだことがあるだけです。

そう言えば、眼科で次回の診察日を決めるときに、「〇月13日の〇時」と言われ、つい診察室のカレンダーを見て「あっ、13日の金曜日で仏滅で三隣亡の日ですね」と余計なことを言ってしまい、女医と
「別の日に変えましょうか?」
「いいえ、構いません」
と妙な会話をしたことがありましたね。


50人位の参加者がいる研修に行ったとき、「次の時間は、7つの小グループに分かれてミーティング形式で研修を行います。」ということになって、参加者名簿に順に番号を振ってあるが、小グループ名が書かれておらず、どうやって分けるのだろう?と思っていたところ、「各自の番号を7で割って、余りが0の人はこの辺に、1の人はこの辺に、・・・と、各自の机と椅子を持って来てください」と言われた。
なるほど上手い方法だが、計算を間違えたりすると恥ずかしいので、最初からグループ名を書いておいてくれればいいのに、とも思った。


[おまけのクイズの答え]
「野球場で組み、車の中で上がると困るものは何か?」という、なぞなぞでしたが、あまりいい問題とは言えず、掲載したことを少し後悔しています。。。。
答えは「バッテリー」でした。
「円陣」までは考えたという人がいたら、お疲れさまでした。

※一部字句を修正しました。
2016年05月27日

還暦ともやもや

あらかじめ断っておきますが、「還暦の歳になって、もやもやした。」という話ではありません。

年齢の話ではなく、「十干十二支では120通りの組み合わせがある筈なのに、何故120年でなく60年で十干十二支が元に戻るのか」という、今年1月の「平行四辺形ともやもや」の記事のような言わば数学的な話です。


wikipediaによると、次のように説明されています。

『10と12の最小公倍数は60なので、干支は60回で一周する。干支には、すべての組合せのうちの半数しかない。例えば、一覧01〜60で5回ある「子」のうちに、「甲子」はあるが「乙子」はない。これは、10と12に共通の約数2があるので、干支の周期が積の120ではなく、最小公倍数の60になるからである。』(wikipedia干支「概説」から抜粋


数学的センスのある人なら、「なるほど、それはそうだ。」で終わりでしょうが、私は半分くらいしか分かった気がしません。


(1)十干

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

(2)十二支

子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥


10=2×5

12=2×2×3

として、昔ながらの方法で最小公倍数を求めると、2×2×3×5=60で、確かに公約数も2となっている。


この(1)と(2)の要素、「甲・乙・丙・・・」と「子・丑・寅・・・」をそれぞれ順番に1〜10、1〜12に対応させて、例えば西暦を代入して「戊辰」なら「55」と表示されるような方程式を作れば、日本史の試験などで余白でちょこちょこっと計算して「戊辰戦争は1868年」と直ぐに分かって便利なのではないか、また逆に「十干十二支」の数値を代入すれば、直近では何年がその年に当たるのか分かって良いのではないか、と思った。


少し考えてみたが、うまい方程式は思いつかない。

そして暫くすると、そんなことを考えても無駄だと思った。


なぜなら、


1つ目は、netで調べれば直ぐに分かることだし、「十干十二支」は早見表を見た方が早いということ。


2つ目は、「戊辰戦争は何年か?」という質問は、単なる記憶力についてのテストであり、日本史の試験問題だとすれば愚問だということ。

個人的には、年号よりも幕末から明治維新に至る過程で、例えば、何故「五稜郭」に立て籠もって政府軍に反攻して敗退した「榎本武揚」が明治政府で大臣を務めたのか、ということの方に関心がある。


3つ目は、肝心なことを忘れており、実は私は「十干」を覚えていないということ。

甲・乙・丙・丁くらいまでは分かるが、その先は覚えていないし、読み方も「コウ、オツ、ヘイ、テイ」の音読みで、訓読みは分からない。


自分の生まれ年の十二支は分かるが、十干は覚えていない、というか覚える気がない。

運勢に関心のある人は、旧暦で考えるのか、節分で区切るのかは知りませんが、「十干十二支」は直ぐに分かるのでしょう。


話は飛びますが、「一球速報」などでプロ野球選手の名前をクリックすると、「生年月日・身長・体重・出身地・出身学校」などのプロフィールを見ることができますが、何故か「血液型」の欄があって、外人選手の場合、殆ど「不明」となっています。


血液型による性格診断、相性などを信じている人、あるいは気にしている人が多くて時々話題にもなるので、日本人は自然に覚えてしまいますが、外国人は殆どの人が血液型など気にしていないんだろうなぁ、と思います。

私も、普通のABO式の血液型なら覚えています。


十二支の方は(2)を順番に覚えているだけで、早生まれの関係で同級生に十二支が1つずれている人がいることから、自分の十二支の前後は直ぐに分かりますが、その他の場合は指を折って数えることになります。


脱線ついでに、「えと」に関わることを思い出しました。

かなり前に何かの都合でカードを作ったんですが、申し込み後にカード会社から電話が掛かってきて、「本人確認」ということで「住所・氏名・生年月日・・・」まではよかったんですが、「『えと』は?」と訊かれ、何故か少しムカッと来て「警察官みたいなことを訊くんですね」と皮肉を言ってしまいました。


念のため言っておきますが、私は警察官に呼び止められるようなアブナイことは、多分殆どしたことがないと思います。

ついでに言うと、私が「私」という言い方を多用するのは、自己主張が強いためではなく、誤解をできるだけ避けたいという気持ちからです。


人と話をするときに、余り「私」、「私」、と言うのも聞くのも嫌なんですが、日本語は主語がなくても意味が通じて便利だと思う反面、対話の場面でさえ誤解を招きやすいので、一方的な記事などでは、できるだけ主語に気を付けるようにしています。


それで、少しだけ話を戻してみると、確かに普通、自分の生まれ年の「えと」はみんな知っているし、そこから離れた「えと」は即答しにくいので、生まれ年の確認するのに「えと」を訊くのは有効かも知れません。



何回か書き直しながらこの記事を書いていると、だんだんと十干十二支の周期が60年というの意味が分かってきた。

それで、当初書こうとしていた内容と結末が変わってしまいました。


甲子の年の翌年は、乙丑。以下、丙寅、・・・と1年に「十干」「十二支」がそれぞれ1つずつ進んで行き、10年目は癸酉。11年目は甲戌となって十干の方は「甲」に戻り、12年目に乙亥で十二支は一巡し、13年目は丙子となって十二支は「子」に戻るといった具合で、12年で十二支が一巡するごとに、十干は2つずつ前回より進んで行くということですね。


十二支の12と、十干の10の差

12-10=2

で当たり前ですが、これが5巡目には

2×5=10

となって、十二支が5巡した、12×5=60 年後には、十干も元に戻って「甲子」になるということことですか。


やっと還暦の意味が分かったような気がしました。

別の言い方をすれば、十干と十二支との間には関数関係があって、それぞれ独立した値は取れないということが実感できたということで良いのでしょうか。


ここまで付き合って読んでくださった方、ありがとうございます。



[おまけのクイズ]

何かで見たことがあるのですが、次の□に入るアルファベットが分かりますか?

私は分かりませんでした。


なお、10分間考えても分からなかったら、脳味噌のエネルギーの浪費になりますので、それ以上考えるのは止めてください。

回答を知ると、腹が立つと思いますから。

回答は次回の予定です。


S、M、T、□、T、F、S
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2016年01月02日

平行四辺形ともやもや

お正月とは全く関係のない話です。

中学生の頃、「力の合成」というものを習いました。
例えば、物体に2つの方向に違う力をかけたら、物体はどの方向にどれだけの力を受けるか、というような話です。
ご承知のとおり、最初の2つの力それぞれを、その方向に力の大きさに応じた長さの矢印で描いて、それを各1辺とする平行四辺形を作り、物体から平行四辺形の対角線を結んで描いた矢印が、合成された力の方向と大きさになるというものです。
友達は誰も気にしていませんでしたが、私には「何で平行四辺形が出てくるんだろう?」と、もやもやした気持ちが残っていました。

その後、ベクトルというものを習って、x方向、y方向の成分に分けて考えれば平行四辺形になることが分かり、もやもやした感じも解消したかに見えましたが、今度は「何故ベクトルを使わなければならないのか?」という疑問が湧いてきました。
当時数学では私には殆ど解くことができないベクトルの設問がいっぱいあり、それはそれで仕方がないのですが、「何故『力の合成』でベクトルが出て来ないといけないのか?」と思ったという話です。
こういう粘着質というのか、他人が気に掛けないことを気にする言わば損な性分は、この頃既に醸成されていたようです。

上記の問題は、後年解決しました。
自然科学では、ある事象や現象があって、それを説明する理論が作られ、実験や観測で確認するというのが一般的です。この順番が前後することがあっても、最終的には実験や観測で確認し、世界中で誰が実験等を行っても同じ条件下なら同じ結果になる、ということが当然に要求されます。

少し大袈裟になりましたが、「力の合成」の話も、先に現実の事象があって、それを説明するのに数学の世界にある「ベクトル」という奇妙な「量」というのか「概念」というのか、そういうものを使うと、ちゃんと説明ができて、確認できるというだけのことだと分かりました。

これは「Let It Be」のところで書いた「変えることができないものは受け入れなさい」ということと似ているような気がします。「あなた(私)がいくら異論を唱えようと、そうなっているんだから、しょうがないじゃないか」と言われているような感じです。
当時から私は我儘だったのでしょうね。

余談ですが、最近「○○アナリスト(analyst)」という人が増えたような気がします。analyst の元は analysis で、解析とか分析とか訳されます。数学・物理学関係の人は「解析」と言い、化学関係の人は「分析」と言っています。
新聞や一般書では、普通の記事では以前は「分析」が殆どだったのが、最近では「解析」も増えてきている感じがします。

ところで、リハビリを手助けしてくれる職種としてPT、OT、STなどがあります。
PT(physical therapist)は理学療法士と呼ばれ、関節が固まらないようにベッドの患者の足を動かす運動をしたり、しっかり歩くことができるように補助をしたりと、患者の身体能力の維持向上を目指しているのだと思います。
しかし私はかなりの期間、その理学という名称から電気治療器のようなものを駆使する仕事かと思っていました。

物理学のことを英語で「Physics」と言いますが、その形容詞形の「physical」には「物理学的な」という意味のほかに、「身体の」という(多分本来の)意味があります。
プロ野球の新人選手などは、「シーズンオフにはフィジカル面を鍛えたい」などと言いますね。
物理学の勉強をする訳ではないでしょう。
だから「理学療法士」と翻訳したことには、故意か偶然かは知りませんが、少し違和感があります。

  

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