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2017年08月29日

(マイナス)×(マイナス)→(プラス) の話

調子に乗って、前回の続きで「何故、(マイナス)×(マイナス)は(プラス)になるのか?」という話をしてみます。
いろいろ考えてみましたたが、結局、自分でもよく分かっていないということが分かった。
それで、数学的に少々おかしくても、自分なりに何となく分かった気になれる方法はないかと考えてみた。。。



で、やはり「リンゴ」に登場してもらうしかないという結論に至った。
私に上手く画を描いたり、数式を綺麗に表示するスキルがなくて申し訳ないです。
想像力の世界になって、しんどいのですが、独断で少し説明してみます。


リンゴを入れる薄い発泡スチロール製の凹んだ容器(以下「トレイ」という。)を考える。
このトレイは、1箇所に1個のリンゴが収まるようになっているが、2列で奥行きは3個分となっている。
つまり、1つのトレイにリンゴが6個収まるようになっている。

このトレイが2つあり、一方のトレイにはリンゴが全ての箇所に載っており、計6個のリンゴがある。
もう一方のトレイは、空になっており、リンゴは0個。
リンゴ3.png
こんな感じで、左側の赤い〇がリンゴのつもりです。リンゴが6個あるイメージ。

小学生の私が毎日学校から帰って来ても、台所の片隅で何日もこの状態が続いている。
そこで、この図の状態を勝手に、
『初期状態』・・・・Ⓐ
と決める。
a0002_011893.jpg 
さて、ここで、
a×b=c ・・・・・Ⓑ
という計算を考える。
a,bは当面、自然数(=正の整数)とする。

aは1回に増やしたリンゴの個数、bはaを行った回数、cはその結果と考える。

ディメンジョン・単位で見ると、
Ⓑの左辺(「=」の左側)のaは、
リンゴの個数だから「個」。
bは、回数だから「回」となるが、これは計算の途中の足し算の回数が変わるだけだと考えて、強引にbの単位の「回」を消去して「無名数」としてしまう。
結果、右辺cも「個」となる。

そこで、
a=2,b=3とすると、
2×3
=2+2+2
=6
=+6
で、リンゴはⒶよりも6個増えて、計12個となる。

では、a,bを整数まで拡げて、aがマイナスの整数のときには、どう考えるか?
少し違和感があるが、「aがマイナスのときは、増やすの反対で、その数だけリンゴを減らす」と考える。
a=ー2, b=3とすれば、a×bは、

(ー2)× 3
=(-2)+(-2)+(-2)
=-6・・・・・[c]
となる。

違和感といえば、殆どの閲覧者の方は、読むのが面倒になって大分前から読むのを止めていると思うが、まだ付き合ってくれている方は、私が何故、違和感のあるⒶを初期状態と決めたか、ピンと来たかも知れない。
リンゴが0個の状態を初期状態としてしまうと、視覚的にリンゴがない状態と足りない状態との違いが判別できないからだ。

それで、[c]の結果は、Ⓐと比べて「リンゴが6個減った状態、あるいは6個足りない状態」と見る。
1回に2個ずつリンゴを減らすと、3回目にはリンゴが0個となるということ。

次はbだが、その前にまた少し考え方を変えてみる。

上のⒷの左辺を、計算というよりも一連の操作と考える。
そして、個数と回数という考えは変えないが、bに時間の概念を加える。
つまり、b=-1 の場合には、その操作を行う1回前の状態ということにする。
これについても少し違和感はあるが、それほど不自然な考えではないと思う。

それで、a=2,b=ー3の場合だと、

2×(ー3)= -6
と計算されるが、これは、「1回に2個ずつリンゴを増やす操作を3回行う前はどうだったか」と考えて、
Ⓐよりもリンゴが6個少ない状態、つまりリンゴは0個だったと考える。

次に、a =0の場合。
計算すると、0 × b =0となる。
1回に増やすリンゴは0個だから、あまり考えず、何回操作しても、Ⓐの状態と変わらないと考える。

b =0の場合。
a × 0=0となる。
1回に増やすリンゴの数が何個だろうと、操作を行わないのだからやはりⒶの状態と変わらない。
計画倒れという感じ。


いよいよ最後に、a =ー2, b=ー3の場合。
(ー2)×(ー3)。
これは、「1回にリンゴを2個ずつ減らす操作を3回行う前」と考えてイメージしてみると、3回前にはリンゴがⒶと比べて6個多くて計12個あったということで、何となく分かったような気がする。

つまり、
(ー2)×(ー3)
= 6
= +6
で私的にはOKだ。

これで、a =2 , 0 ,ー2 と b = 3 , 0 , ー3 の場合の、a×b のすべての組み合わせが出尽くしたと思う。
「a , b が整数出ないときには、どう考えるのか?」という話はあるだろうが、例えば、「今回のような計算を数多く行って、その平均値を取った」と考えれば良いのではないかと思う。

かなり強引で要領の悪い説明になってしまったが、裸にはならないが、「ユリイカ」という気持ちが少しある。

ここまで付き合ってくれた方々、ありがとうございました。
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posted by いわし雲 at 19:43 Comment(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

分数で割る話

また訳の分からないタイトルで、恥ずかしい限りです。
内容は、そのまんまで、
「分数で割る計算を行うとき、どうして分子と分母をひっくり返した数(=逆数)を掛けるのか?」という話です。

「今更何言ってんの? いわし雲さん、頭お元気?」と言われそうですが、ひょっとしたら私と同じような疑問を持っている人が1人くらいいて、その人のもやもやが解消されるかも知れないと思い、投稿します。

これは、先日ふと浮かんだ疑問ですが、経緯は次のとおりです。
・小学生の頃、このような計算方法を習った。
・教師がどのように説明したかは忘れたが、取り敢えずそうすれば答えが導けた。
・そのうち、何故そうなるのかという疑問が膨らんだ。
・かなり学年が上がってから、自分なりに考えて納得できた。
・数十年の齢を重ねた今となって、再び疑問を持った。
・当時、自分がどのように考えて折り合いをつけたか忘れた。

要するに、自分が進歩していないとも言える。

それで、最近時々考えてみたところ、数学的には厳密ではないが、何となく分かったような気がしてきた。

前提とか条件と言うのが良いのかどうかよく分からないが、次のことだけを公理のように無批判に認めることとした。
① 割り算と分数は等価である。
② 分数の分子・分母に0以外の同じ数を掛けても、同じ値になる。
その他として、
③「÷0」や「分母が0となる分数」は、意味がないので考えない。


①は、等価という言い方が正しいかどうかは分からないが、
「割り算と分数は表現方法が違うだけで、同じものである」という意味で使っている。

②は、通分や約分のときに出てくる計算のイメージ。
また、◑の黒い部分の面積は、円全体の面積の1/2だが、例えば円を12分割したとき、円い時計の文字盤のイメージで考えてみると、6時という時刻には6/12となって、1/2と同じものとなるという感じ。
我ながら、いい加減な説明だと思う。

それで、例として、 2÷2/3 の計算を考えてみる。

2÷2/3
= 2 / 2/3 ・・・・・・Ⓐ
= 2×3 / 2/3 × 3
= 2×3 / 2/1
= 2×3/2


言葉にするとややこしいが、
「分数で割るということは、分母が分数となっている分数(=複分数)となって、その分母にある分数の分母を、全体の分数の分子・分母に掛ければ、結局、元の分数の逆数を掛けることになる」
ということのようだ。

しかし、こんな面倒な計算をしなくても、Ⓐで分母の逆数である 3/2 を掛ければ、
2÷2/3
= 2 / 2/3
= 2×3/2 / 2/3 × 3/2
= 2×3/2 / 1
= 2×3/2

となるので、結局、初めから逆数を掛ければよいということが分かった。

一応納得できたが、徒労感が強い。

ところで、上の②で「同じ数を掛ける」と言ったが、「同じ数」はマイナスの数でも、√2 やπ(パイ)などの無理数でも、iを含んだ複素数でもOKだろう。

そこで、また余計なことを思いついてしまった。
(マイナス)×(マイナス)→(プラス)
は、どのように理解すればよいか?

学校では、「とにかく、そう覚えろ」という強引な教え方だったと思う。
自分なりに納得できるアイデアが思いついたら、また投稿します。



ラベル:分母 逆数
posted by いわし雲 at 16:13 Comment(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

囚人のパラドックス

どういう訳か急に、昔読んだ「囚人のパラドックス」を想い出した。
本当に自分でも大丈夫かなぁ、と思ってしまう。

別に面白い話でもないし、記事にすることには躊躇いがありましたが、自分の備忘録のつもりならいいかな、と思い、少しだけ書いてみます。

学生の頃、年に何回かマーチン・ガードナーやその他のパラドックスやパズルを集めた本が刊行されていたのですが、時々読んで、頭を悩ましていました。
「囚人のパラドックス」もその中にありました。

知っておられる方もいると思いますがが、大体次のような話です。
例によって記憶が正確でないのと、私流に勝手にアレンジしていますので、念のため。

(私の頭の中のイメージでは、砂漠の中の刑務所なんですが)死刑を待つ囚人と看守の会話。
なお、「死刑の執行」という言葉は私は嫌なので、勝手に「実行」と言い換え、「実行」の時間を10時~15時と設定しました。
また、看守が実行日を決めるのはおかしいと思いますが、看守は実行日を決める権限のある人の言葉を代弁していると考えてください。

看守:囚人に向かって言った。
『①来週の月曜日から土曜日のいずれかの日に実行する。
 ②いずれの日に実行されるか、あなたに事前に予測できない日に実行する。』
という内容でした。

この①、②を「前提」と呼ぶことにします。
面倒くさくてごめんなさい。

で、これを聞いた囚人は、『あなたは、実行することができない』と言った。
理由は、『もし、土曜日に実行するのであれば、金曜日の15時過ぎに実行日が予測できるので、実行は土曜日ではない。同じ理由で、実行日は金曜日ではない。何故なら、木曜日の15時過ぎには実行日は土曜日ではないので、金曜日と予測できるからだ』
『そのように次々と考えていくと、結局、あなたは実行することができない』
というものであった。
しかし、囚人は予測しない、ある日に実行されてしまった。
というような内容です。

私は、予測する時点が異なるので、そうなってしまうのかなと思いましたが、囚人の言うことにも一理あると思っていました。

囚人の推測を今一度考えてみます。
確かに金曜日の15時過ぎまで実行がなされないと、土曜日の実行が予測されるので前提が破綻するのですが、
よく考えてみると、土曜日に実行されてもされなくても、金曜日の15時過ぎの時点で前提は破綻してしまいます。
囚人の推測が当たっていてもいなくても、破綻しています。
ということは、前提そのものに問題があるのでないかと考えます。

何故かなと思っていましたが、私の勝手な解釈による新説?ですが、
①は看守が自ら決定し行えることですが、
②は看守がコントロールできない事項であるからでないかと考えます。
囚人の推測については、看守を始め他の人が、その推測が非論理的だと思おうと思わなかろうと、看守がコントロールできない事項であり、当たってしまうことがあり得ます。
その場合、前提は破綻します。


例えば前提を変えて、
①来週の月曜日から土曜日のいずれかの日に実行する。 
②実行は晴れた天気の元で行う。
とした場合、一見もっともらしいのですが、②はコントロールできることではなく、毎日雨が続くと実行できなくなり、前提が破綻してしまいます。

そういうことで、コントロールできないことを前提にしたために、論理的な矛盾と見える事象が現れたのかなと思いますが、違ってますかね。

ところで、記事を書いていると何故か、アルベール・カミュの「異邦人」の中で、ムルソーが殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と言ったことを想い出しました。
やっぱり危ないかも。。。



[前回のクイズの答え]:『あなたの村はどっちですか?』



posted by いわし雲 at 00:08 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

一日の最高気温

前回の記事を書いていた時に思い付いたんですが、長くなりそうなので省略したものがあります。
それは、「一日の最高気温」についての話です。

小学校の中学年の頃から好奇心が強くなり、「子どもなぜなぜ百科」(正式な書名ではありません)などの、学校に置いてあった本を読むのが好きでした。
少しばかり、色々なことが分かり始めた子どもの素朴な質問に、分かり易く答えるというスタイルの本だった。
数式などは、もちろん出て来ない。
印象に残っているのは、次のような質問と回答でした。


『質問:太陽が一番高い位置にある時刻は12時頃だと思いますが、なぜ一日の最高気温の時刻は14~15時頃なのですか?』

『回答:太陽からの光で地表が温められ、その熱が空気中に伝わって気温が上がります。
天気の変化や急に冷たい空気が入って来ることがなく、天気の良い日であれば、普通、おっしゃるように太陽が一番高い位置にある12時頃が、太陽からの光が通り過ぎる空気の層が一番短いので、途中で空気中の気体の分子や塵で反射や散乱されずに地表に届く光が余り減らず、届く熱量が最大になります。
しかし、空気は熱を伝えにくいので、一日の最高気温は少し時間がずれた14~15時頃となります』
というものだった。

『なるほど、そういうことなのかな』と思った。
少年漫画雑誌の質問欄や、新聞の子ども欄でも、年に何度か同じような質問があり、同じような回答が繰り返されていた。


ところが、相当の年月を経たある時、上記の質問と回答を踏まえた上で、別の新たな回答が現れた。

『新たな回答:上記の説明では、前半は正しいのですが、いくら空気の熱伝導率が低いといっても、熱が伝わるのにそんなに時間がかかる筈がありません。
もしそうであるなら、日の出前の気温が一日で一番低いという事実は、どのように説明するのですか?
日の出から2~3時間後に最低気温が記録されるということは余りないでしょう?

12時以降もまだ、太陽から地表に届く熱量の方が、地表から失われる熱量より多いために、気温はその後も上昇を続け、14~15時頃に最高気温に達するのです。

なお、夏至の頃よりも7~8月頃が暑いのは、日本の大部分の地域で6月頃は梅雨で雨や曇りの日が多く、その後は南から暑い太平洋高気圧に覆われた晴れ日が多いためだと考えられます』

というものであった。

なるほど、こちらの説明の方が私には納得できる。


話は違いますが、ダイエットについても、病気・内臓等の代謝・精神的な要因などを考慮しなければ、入るエネルギーを減らして、出るエネルギーを増やす方向の行動をすれば良いのだと思う。
要するに、食事のカロリーを減らし、運動などをして消費カロリーを減らせば、体内に蓄積されるエネルギーが減少して体重が減るということなのでしょう。
この話と同じようなものだと思います。


ニュートンの運動方程式が有名ですが、ラグランジュの運動方程式というのも物理学の業界にはあり、表現方法が異なるだけで同等の内容ということらしいです。
ですから、この質問についても、回答が1つだけではなく、別の視点からも説明できるかも知れないとも思います。


posted by いわし雲 at 14:41 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

水と水素結合

また難しいタイトルを付けてしまいましたが、化学に詳しい訳ではありません。
ただ、昔、「水素結合」という言葉をどこかで聞いたことがあって、印象に残っているというだけです。
申し訳ありませんが、本日はあまり検証せずに書きますので、正確性に問題があるかも知れません(またかよ)。
また、水素結合は水だけではないようですが、ここで述べるのは水の水素結合の話です。

「プラズマ」は別にして、物質は普通「気体」「液体」「固体」の三態のいずれかの状態にあることは、小学生の頃に教わった気がします。
そして通常この順に密度が高くなり、簡単に言うと重くなります。
ところが、私達に身近な「水」は、固体になると液体よりも軽くなり、「氷」は「水」に浮きます。
考えてみると不思議ですが、「水素結合」により体積が増えるから軽くなるということらしいです。
何故そんなことになっているのかは、私には分かりません。

ここからはさらにいい加減で、私の勝手な考えになります。
水が水素結合しなければ、寒い地域の川、湖や海の浅瀬では、底から氷始め、氷に穴を開けて行う山中湖などのワカサギ釣りはできなくなります。

そんなことより、数万年~数100万年単位で訪れて、マンモスなどを絶滅させたと思われる氷河期には、動植物の生存はさらに厳しいものとなったと思われ、お魚さんもエサは乏しく、捕獲されやすくなって絶滅したかもしれません。
氷の上を動物が移動することもできません。
もう少し書くつもりでしたが、思い出せません。


天文台の職員が「偶然が重なって私達が存在している」という話を講演会で行い、新聞にその要約が載ったことがあります。
彼によると、次のような偶然が重なって生物が生き延びることができ、人間が存在しているという主張だったと思います。
・太陽から程良い距離に地球が誕生した。
・生命に必要な水が大量にあった。
・地磁気によりバンアレン帯ができ、有害な宇宙線が減少した。
・大気圏、オゾン層が形成され、有害な紫外線が減って生物が陸で生活できるようになった。

水素結合は載っていたかどうか分かりません。

確かにそういった偶然が重なったように見えますが、偉大な意思がそうさせたと思う人もいるでしょうね。
例えば、ニュートンならその言動から考えて、「神の意思が働いた」と言うと思います。

私が他所で地球の誕生について聞いたことがあるのは、
・宇宙の塵が引力で集まってどんどん大きくなり、その塵がぶつかるエネルギーなどで地球の温度が上がり、
・ドロドロの原始地球ができ、密度の大きい物が沈み込んで地球の中心部に集まり、内核~外核~マントル~地殻の元ができ、
・やがて、宇宙への熱放射で地球はだんだん冷えていき、上空にあった水蒸気などが結露して雨となって地表に降り注ぎ、
・気化熱の放出でさらに急激に地球の温度が下がって現在の地球に近い姿となり、大量の雨が海を作った。
というものでした。

おおむねそうだと思いますが、海ができるほど大量の雨が降ったとは考えにくい。
ある外国の学者が言った「地球の近くを通過した水惑星から大量の水が地球にもたらされた」という説の方が正しいのではないか、と私は思っています。
生命宇宙起源説にも通じるし。
もっとも、何か根拠があっての話ではありません。

またGDGDになってしまいましたが、氷が水に浮くのは不思議だということと、そこから連想して少し地球の歴史を考えてみた、という話でした。
ラベル:地球
posted by いわし雲 at 23:45 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

中秋の名月と仏滅と13日の金曜日と剰余系

今風に言うとリア充でないためか、昔のことばかり思い出してしまいます。
先日「中秋の名月」という言葉を聞いて、昔読んだ随筆を思い出した。

ある小説家が「今年の中秋の名月は、仏滅だった。」と小説に書いたところ、これを読んだ友人の小説家が、「おい、中秋の名月の日は、毎年『仏滅』と決まっているんだぞ」と言ったという話です。

当時はそれを確認するのも面倒だったので、「そうなのかな?」と思っただけでしたが、最近netで調べてみると本当でした。
旧暦の8月15日が「中秋の名月」になるらしく、今年は9月15日だそうです。
さらに、「こよみのページ」さんによると、旧暦の月と日を足して6で割った時の余りが5になると『仏滅』になるということでした。

(8+15)÷6=23÷6=3 余り5 で、『仏滅』です。

これは6の剰余系の話ですね。余りが「0」なら『大安』となるそうです。「こよみのページ」さん、ありがとうございました。

この『大安』『仏滅』『友引』などという六曜は、結婚式やお葬式以外では余り関係ないと思っていましたが、以前、中堅の建築会社の社長さんと次回の打ち合わせの日を決めるときに、「その日は大安ではないですね?」と訊かれて、「?」となったことがありました。
「この時期、大安だと関係会社の起工式などに呼ばれることがあるので、できれば避けて欲しい」とのことでした。
世間知らずの私は、「いろいろあるんだなぁ」と思った次第です。


次は13日の金曜日の話。
毎年必ずあるものなのでしょうか?

結論から言うと、「13日の金曜日」は毎年あって、閏年でも同じです。
確認の方法の1つは、前年の12月31日を「0」、1月1日を「1」と数えていって、毎月の13日が何番目になるを見ていくことです。
1月13日は13番目、2月13日は、1月は31日まであるので、31+13=44 番目というように、1年の各月の13日が1~365 or 366 の何番目になるかを調べて、それを7で割ったときの「余り」を見てみると、0~6まで全て出てくることから確認できます。

7の剰余系ということですが、もちろんこんなアイデアは私には思いつきません。
何かで読んだことがあるだけです。

そう言えば、眼科で次回の診察日を決めるときに、「〇月13日の〇時」と言われ、つい診察室のカレンダーを見て「あっ、13日の金曜日で仏滅で三隣亡の日ですね」と余計なことを言ってしまい、女医と
「別の日に変えましょうか?」
「いいえ、構いません」
と妙な会話をしたことがありましたね。


50人位の参加者がいる研修に行ったとき、「次の時間は、7つの小グループに分かれてミーティング形式で研修を行います。」ということになって、参加者名簿に順に番号を振ってあるが、小グループ名が書かれておらず、どうやって分けるのだろう?と思っていたところ、「各自の番号を7で割って、余りが0の人はこの辺に、1の人はこの辺に、・・・と、各自の机と椅子を持って来てください」と言われた。
なるほど上手い方法だが、計算を間違えたりすると恥ずかしいので、最初からグループ名を書いておいてくれればいいのに、とも思った。


[おまけのクイズの答え]
「野球場で組み、車の中で上がると困るものは何か?」という、なぞなぞでしたが、あまりいい問題とは言えず、掲載したことを少し後悔しています。。。。
答えは「バッテリー」でした。
「円陣」までは考えたという人がいたら、お疲れさまでした。

※一部字句を修正しました。
ラベル:
posted by いわし雲 at 00:12 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

還暦ともやもや

あらかじめ断っておきますが、「還暦の歳になって、もやもやした。」という話ではありません。

年齢の話ではなく、「十干十二支では120通りの組み合わせがある筈なのに、何故120年でなく60年で十干十二支が元に戻るのか」という、今年1月の「平行四辺形ともやもや」の記事のような言わば数学的な話です。


wikipediaによると、次のように説明されています。

『10と12の最小公倍数は60なので、干支は60回で一周する。干支には、すべての組合せのうちの半数しかない。例えば、一覧01〜60で5回ある「子」のうちに、「甲子」はあるが「乙子」はない。これは、10と12に共通の約数2があるので、干支の周期が積の120ではなく、最小公倍数の60になるからである。』(wikipedia干支「概説」から抜粋


数学的センスのある人なら、「なるほど、それはそうだ。」で終わりでしょうが、私は半分くらいしか分かった気がしません。


(1)十干

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

(2)十二支

子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥


10=2×5

12=2×2×3

として、昔ながらの方法で最小公倍数を求めると、2×2×3×5=60で、確かに公約数も2となっている。


この(1)と(2)の要素、「甲・乙・丙・・・」と「子・丑・寅・・・」をそれぞれ順番に1~10、1~12に対応させて、例えば西暦を代入して「戊辰」なら「55」と表示されるような方程式を作れば、日本史の試験などで余白でちょこちょこっと計算して「戊辰戦争は1868年」と直ぐに分かって便利なのではないか、また逆に「十干十二支」の数値を代入すれば、直近では何年がその年に当たるのか分かって良いのではないか、と思った。


少し考えてみたが、うまい方程式は思いつかない。

そして暫くすると、そんなことを考えても無駄だと思った。


なぜなら、


1つ目は、netで調べれば直ぐに分かることだし、「十干十二支」は早見表を見た方が早いということ。


2つ目は、「戊辰戦争は何年か?」という質問は、単なる記憶力についてのテストであり、日本史の試験問題だとすれば愚問だということ。

個人的には、年号よりも幕末から明治維新に至る過程で、例えば、何故「五稜郭」に立て籠もって政府軍に反攻して敗退した「榎本武揚」が明治政府で大臣を務めたのか、ということの方に関心がある。


3つ目は、肝心なことを忘れており、実は私は「十干」を覚えていないということ。

甲・乙・丙・丁くらいまでは分かるが、その先は覚えていないし、読み方も「コウ、オツ、ヘイ、テイ」の音読みで、訓読みは分からない。


自分の生まれ年の十二支は分かるが、十干は覚えていない、というか覚える気がない。

運勢に関心のある人は、旧暦で考えるのか、節分で区切るのかは知りませんが、「十干十二支」は直ぐに分かるのでしょう。


話は飛びますが、「一球速報」などでプロ野球選手の名前をクリックすると、「生年月日・身長・体重・出身地・出身学校」などのプロフィールを見ることができますが、何故か「血液型」の欄があって、外人選手の場合、殆ど「不明」となっています。


血液型による性格診断、相性などを信じている人、あるいは気にしている人が多くて時々話題にもなるので、日本人は自然に覚えてしまいますが、外国人は殆どの人が血液型など気にしていないんだろうなぁ、と思います。

私も、普通のABO式の血液型なら覚えています。


十二支の方は(2)を順番に覚えているだけで、早生まれの関係で同級生に十二支が1つずれている人がいることから、自分の十二支の前後は直ぐに分かりますが、その他の場合は指を折って数えることになります。


脱線ついでに、「えと」に関わることを思い出しました。

かなり前に何かの都合でカードを作ったんですが、申し込み後にカード会社から電話が掛かってきて、「本人確認」ということで「住所・氏名・生年月日・・・」まではよかったんですが、「『えと』は?」と訊かれ、何故か少しムカッと来て「警察官みたいなことを訊くんですね」と皮肉を言ってしまいました。


念のため言っておきますが、私は警察官に呼び止められるようなアブナイことは、多分殆どしたことがないと思います。

ついでに言うと、私が「私」という言い方を多用するのは、自己主張が強いためではなく、誤解をできるだけ避けたいという気持ちからです。


人と話をするときに、余り「私」、「私」、と言うのも聞くのも嫌なんですが、日本語は主語がなくても意味が通じて便利だと思う反面、対話の場面でさえ誤解を招きやすいので、一方的な記事などでは、できるだけ主語に気を付けるようにしています。


それで、少しだけ話を戻してみると、確かに普通、自分の生まれ年の「えと」はみんな知っているし、そこから離れた「えと」は即答しにくいので、生まれ年の確認するのに「えと」を訊くのは有効かも知れません。



何回か書き直しながらこの記事を書いていると、だんだんと十干十二支の周期が60年というの意味が分かってきた。

それで、当初書こうとしていた内容と結末が変わってしまいました。


甲子の年の翌年は、乙丑。以下、丙寅、・・・と1年に「十干」「十二支」がそれぞれ1つずつ進んで行き、10年目は癸酉。11年目は甲戌となって十干の方は「甲」に戻り、12年目に乙亥で十二支は一巡し、13年目は丙子となって十二支は「子」に戻るといった具合で、12年で十二支が一巡するごとに、十干は2つずつ前回より進んで行くということですね。


十二支の12と、十干の10の差

12-10=2

で当たり前ですが、これが5巡目には

2×5=10

となって、十二支が5巡した、12×5=60 年後には、十干も元に戻って「甲子」になるということことですか。


やっと還暦の意味が分かったような気がしました。

別の言い方をすれば、十干と十二支との間には関数関係があって、それぞれ独立した値は取れないということが実感できたということで良いのでしょうか。


ここまで付き合って読んでくださった方、ありがとうございます。



[おまけのクイズ]

何かで見たことがあるのですが、次の□に入るアルファベットが分かりますか?

私は分かりませんでした。


なお、10分間考えても分からなかったら、脳味噌のエネルギーの浪費になりますので、それ以上考えるのは止めてください。

回答を知ると、腹が立つと思いますから。

回答は次回の予定です。


S、M、T、□、T、F、S
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posted by いわし雲 at 23:33 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

平行四辺形ともやもや

お正月とは全く関係のない話です。

中学生の頃、「力の合成」というものを習いました。
例えば、物体に2つの方向に違う力をかけたら、物体はどの方向にどれだけの力を受けるか、というような話です。
ご承知のとおり、最初の2つの力それぞれを、その方向に力の大きさに応じた長さの矢印で描いて、それを各1辺とする平行四辺形を作り、物体から平行四辺形の対角線を結んで描いた矢印が、合成された力の方向と大きさになるというものです。
友達は誰も気にしていませんでしたが、私には「何で平行四辺形が出てくるんだろう?」と、もやもやした気持ちが残っていました。

その後、ベクトルというものを習って、x方向、y方向の成分に分けて考えれば平行四辺形になることが分かり、もやもやした感じも解消したかに見えましたが、今度は「何故ベクトルを使わなければならないのか?」という疑問が湧いてきました。
当時数学では私には殆ど解くことができないベクトルの設問がいっぱいあり、それはそれで仕方がないのですが、「何故『力の合成』でベクトルが出て来ないといけないのか?」と思ったという話です。
こういう粘着質というのか、他人が気に掛けないことを気にする言わば損な性分は、この頃既に醸成されていたようです。

上記の問題は、後年解決しました。
自然科学では、ある事象や現象があって、それを説明する理論が作られ、実験や観測(天文学など)で確認するというのが一般的です。この順番が前後することがあっても、最終的には実験や観測で確認し、世界中で誰が実験等を行っても同じ条件下なら同じ結果になる、ということが当然に要求されます。

少し大袈裟になりましたが、「力の合成」の話も、先に現実の事象があって、それを説明するのに数学の世界にある「ベクトル」という奇妙な「量」というのか「概念」というのか、そういうものを使うと、ちゃんと説明ができて、確認できるというだけのことだと分かりました。

これは「Let It Be」のところで書いた「変えることができないものは受け入れなさい」ということと似ているような気がします。「あなた(私)がいくら異論を唱えようと、そうなっているんだから、しょうがないじゃないか」と言われているような感じです。
当時から私は我儘だったのでしょうね。

余談ですが、最近「○○アナリスト(analyst)」という人が増えたような気がします。analyst の元は analysis で、解析とか分析とか訳されます。数学・物理学関係の人は「解析」と言い、化学関係の人は「分析」と言っています。
新聞や一般書では、普通の記事では以前は「分析」が殆どだったのが、最近では「解析」も増えてきている感じがします。

ところで、リハビリを手助けしてくれる職種としてPT、OT、STなどがあります。
PT(physical therapist)は理学療法士と呼ばれ、関節が固まらないようにベッドの患者の足を動かす運動をしたり、しっかり歩くことができるように補助をしたりと、患者の身体能力の維持向上を目指しているのだと思います。
しかし私はかなりの期間、その理学という名称から電気治療器のようなものを駆使する仕事かと思っていました。

物理学のことを英語で「Physics」と言いますが、その形容詞形の「physical」には「物理学的な」という意味のほかに、「身体の」という(多分本来の)意味があります。
プロ野球の新人選手などは、「シーズンオフにはフィジカル面を鍛えたい」などと言いますね。
物理学の勉強をする訳ではないでしょう。
だから「理学療法士」と翻訳したことには、故意か偶然かは知りませんが、少し違和感があります。

  
posted by いわし雲 at 14:06 Comment(0) | TrackBack(0) | もやもや、数学・自然科学 | 更新情報をチェックする

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