2016年02月20日

逸翁

※再掲 操作の不手際で記事の順序が変わってしまい、申し訳ありませんでした。
前回、といってもかなりの日数が経過してしまいましたが、福沢諭吉の『福翁自伝』について少し書いたので、『逸翁』について思いが巡りました(少し表現がおかしい気もします)。
『逸翁自叙伝』というのがあるらしいのですが、私は多分読んでいないと思います。

『逸翁』のエピソードを新聞か雑誌の連載で時々読んだだけだと思うので、その程度で記事にするのは読んでくれる人がいれば申し訳ない気がするし、「それくらいのことは知っている」と言われそうで少し躊躇いがありますが、気にせずに例によって曖昧な記憶で少し書いてみます。

『逸翁』は雅号で本名は「小林一三」と言い、阪急グループの創業者です。
私の頭の中では、大阪梅田から神戸三宮まで鉄道を敷き、沿線の住宅開発を行い、ターミナル駅にデパートを造り、阪急ブレーブス、宝塚歌劇団などを作ったという感じです。国が行う国土開発のようです。

昭和4(1929)年の米国発の世界恐慌が日本にも及び、昭和恐慌が発生しました。
ちなみに、世界恐慌のきっかけを米国の株式の暴落とするのが一般的なようですが、FRBの失敗あるいは陰謀とするものなどもあります。
また、日本については、最悪とも言えるタイミングでの旧平価金解禁と緊縮財政の実施してしまい、不況を一層悪化させたと言われています。

また脱線してしまいましたが、このような不況の中で一般庶民は働いていても困窮しており、阪急百貨店の大食堂でご飯だけを注文する人が続出したらしい。
これには食堂側も困って、「ライスだけのお客様はお断り」との貼り紙をしたところ、これを見た小林一三は、直ぐに「ライスだけのお客様歓迎」に貼り替えたということです。

私が覚えているのは、この辺りまでですが、ウィキペディアの「ソーライス」にかなり詳しく書かれているので参照してください(超いい加減)。

ウィキペディアを見てみると、ご飯にソースをかけてルー無しのカレーライスを食べるということのようです。
私は塩か醤油をかけるものと思っていました。
さらに「後年、当時の御礼の意味も込めて追加代金を食器などの下にそっと置いていくという事態が後を絶たなかった」と書かれていますが、ホントなら何か嬉しい。ホントだと信じます。

平成7(1995)年の「阪神・淡路大震災」の際、火事場泥棒のような者やソーセージやフランクフルトを1本数千円で売った店、人がいたらしい。
一方、「代金は後でいいから」と商品を渡したコンビニもあったらしい。
そして後日、購入額を超えると思われる額を支払いに来た客が続出したようだ。

一部の人の行動を見て、「だから日本人は素晴らしいのだ」という話に持っていくつもりはありません。日本にいる外国人も含めて、60年経過して2世代か3世代くらい経っても、阪急百貨店の大食堂の時の気持ちがかなりの人に伝えられているようで嬉しいだけです。


勝手ながら、ウィキペディアへのリンクがうまくいっていない気がするので、そのときは次で検索してみてください。実はリンクを貼ったことがないんです。
「小林一三」、「ソーライス」
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