2016年01月02日

平行四辺形ともやもや

お正月とは全く関係のない話です。

中学生の頃、「力の合成」というものを習いました。
例えば、物体に2つの方向に違う力をかけたら、物体はどの方向にどれだけの力を受けるか、というような話です。
ご承知のとおり、最初の2つの力それぞれを、その方向に力の大きさに応じた長さの矢印で描いて、それを各1辺とする平行四辺形を作り、物体から平行四辺形の対角線を結んで描いた矢印が、合成された力の方向と大きさになるというものです。
友達は誰も気にしていませんでしたが、私には「何で平行四辺形が出てくるんだろう?」と、もやもやした気持ちが残っていました。

その後、ベクトルというものを習って、x方向、y方向の成分に分けて考えれば平行四辺形になることが分かり、もやもやした感じも解消したかに見えましたが、今度は「何故ベクトルを使わなければならないのか?」という疑問が湧いてきました。
当時数学では私には殆ど解くことができないベクトルの設問がいっぱいあり、それはそれで仕方がないのですが、「何故『力の合成』でベクトルが出て来ないといけないのか?」と思ったという話です。
こういう粘着質というのか、他人が気に掛けないことを気にする言わば損な性分は、この頃既に醸成されていたようです。

上記の問題は、後年解決しました。
自然科学では、ある事象や現象があって、それを説明する理論が作られ、実験や観測で確認するというのが一般的です。この順番が前後することがあっても、最終的には実験や観測で確認し、世界中で誰が実験等を行っても同じ条件下なら同じ結果になる、ということが当然に要求されます。

少し大袈裟になりましたが、「力の合成」の話も、先に現実の事象があって、それを説明するのに数学の世界にある「ベクトル」という奇妙な「量」というのか「概念」というのか、そういうものを使うと、ちゃんと説明ができて、確認できるというだけのことだと分かりました。

これは「Let It Be」のところで書いた「変えることができないものは受け入れなさい」ということと似ているような気がします。「あなた(私)がいくら異論を唱えようと、そうなっているんだから、しょうがないじゃないか」と言われているような感じです。
当時から私は我儘だったのでしょうね。

余談ですが、最近「○○アナリスト(analyst)」という人が増えたような気がします。analyst の元は analysis で、解析とか分析とか訳されます。数学・物理学関係の人は「解析」と言い、化学関係の人は「分析」と言っています。
新聞や一般書では、普通の記事では以前は「分析」が殆どだったのが、最近では「解析」も増えてきている感じがします。

ところで、リハビリを手助けしてくれる職種としてPT、OT、STなどがあります。
PT(physical therapist)は理学療法士と呼ばれ、関節が固まらないようにベッドの患者の足を動かす運動をしたり、しっかり歩くことができるように補助をしたりと、患者の身体能力の維持向上を目指しているのだと思います。
しかし私はかなりの期間、その理学という名称から電気治療器のようなものを駆使する仕事かと思っていました。

物理学のことを英語で「Physics」と言いますが、その形容詞形の「physical」には「物理学的な」という意味のほかに、「身体の」という(多分本来の)意味があります。
プロ野球の新人選手などは、「シーズンオフにはフィジカル面を鍛えたい」などと言いますね。
物理学の勉強をする訳ではないでしょう。
だから「理学療法士」と翻訳したことには、故意か偶然かは知りませんが、少し違和感があります。

  
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