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2018年08月28日

南直哉さんの話と若住職さんの話-4

皆様方、お久しぶりです。

備忘録的に簡単に書いてみます。

今年も暑いお盆の中、若住職さんが我が家に読経に来てくださいました。

次々と檀家を回られるので、雑談の時間はほとんどなかったのですが、前回の記事で書いたように、若住職さんが、

『今度、東京でシンポジウムがあり、初めて南直哉さんにお会いしてお話することになりました』

と言われたことを不意に思い出し、少し尋ねてみました。

『半年くらい前にシンポジウムがあって、司会の方を入れて対談しました』

とのことでした。

南直哉さんの印象については、

『背が高い方で、また曹洞宗の袈裟は袖?が長いので立位では威圧感を感じましたが、お話してみるととても親しみやすく、魅力的でした』

『ただ、形とか作法については、とても厳しいお考えをお持ちのようでした』

と言われました。

時間もなくてそれ以上若住職さんにお聴きすることはできませんでしたが、その対談の内容が近く本として発行されるらしいです。

一般の図書として販売されるかどうかは分かりませんが、どのようなお話をされたのか、是非読んでみたいと思っています。

友人から貰った「禅と福音」はまだ読めずにいますが。
ラベル:お盆 南直哉さん
posted by いわし雲 at 16:39 Comment(0) | 南直哉さん | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

Let It Be への思い

私は、ビートルズの曲が好きです。
年代的には、かなり上の世代が熱狂していたらしいのですが、私が「The Beatles」に出逢ったのは、昭45(1970)年にビートルズが解散して、相当の年月が経ってからです。
ビートルズが昭和41(1966)年に来日して、武道館でコンサートを行い、その前座を「ドリフターズ」などが務めたことも、当然知りませんでした。
「A Hard Day's Night」を聴いた時には、「like a dog」「like a log」と英語の歌でも韻を踏むことがあるんだな、と思ったり、賑やかな曲とは裏腹に、何かどうしようもなく、やるせないようなものがあるように感じました。

ところで、私が文中に昭和と西暦を入れるのは、自分も読む方にも分かりやすいと思うからです。
例えば、今年は昭和で言うと、昭和90年になるので、生まれ年などを聞くと、すぐに年齢や何年前かが分かります。

知っている方も多いでしょうが、昭和に25を足すと西暦になります。さらに、これは多分「ザ・ボイス」の飯田アナウンサーが言っていたと思うんですが、平成に88を足すと西暦になります(なるほど。しかし、平成から12を引いたら西暦になると言った方が分かりやすいと思います)。

脱線ついでに、西暦に660を足すと、皇紀での年になります。今年は皇紀2675年です。
神武天皇が即位した年から数えるようです。皇紀2600年は昭和15(1940)年で、この年にゼロ戦が開発か配備かがされたので、その名が付いたらしいですね。

話を戻します。
Beatlesの好きな曲にはいろいろありますが、「Let It Be」は、とりわけ気に入っていました。知人とカラオケに行って、「また、Let It Be か」と言われても気にせずに歌っていました。

私はスマホなどは必要性を感じないため持っていないので、今では自分の部屋で、もっぱらpcで動画の検索をして聴いています。
動画にBeatlesのアルバムの写真を貼り付けて、Coverとも書かずに別人が歌っているのは止めて欲しいですね。
私は大体バックグラウンドとして聴いているので、画像はなくてもいいくらいなんですが、「あれ、前奏の演奏や声が違う」と思って、別の動画に切り替えることが時々あります。

ちなみに、Beatlesのアルバムで一番売れたのは、日本では「Let It Be」ですが、世界的には「Abbey Road」らしいです。

Let It Be の終わりの方の、

And when the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine on until tomorrow, let it be
I wake up to the sound of music,
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom, let it be


の辺りが特に気に入っています。
「I wake up to the sound of music」の「to」は、文法的には「~に合わせて」という意味で使われている前置詞だと思うのですが、違うでしょうか?
「Mother Mary」は普通に「聖母マリア」と思っていましたが、ポールの母親が「Mary」という名前で、夢の中に出てきて曲を作るヒントになったとポール自身が語ったという話があるようですが、本当でしょうか?

まあ、曲を分析するのは余り好きでないし、無粋だと思うので止めようと思います。
何かと拘りがちな、こういう性格が人に嫌われるのだと思います。
多分、要らぬことは思っても喋らないというのが、良い人間関係を保つ秘訣なんでしょうね。
前の記事で、「(あの時)言っておけばよかった」と後悔しない方に軸足を移す、と言いましたが、やはり何事にもバランスが必要だと痛感しています。

ただ、もう1つだけ言わせてもらうと、それがこの記事をupした理由なのですが、それは、記事のタイトルそのものです。
「let it be」は大抵、「なすがままに」とか「あるがままに」と訳されていますが、今の私は「自分を変えたい」と思っているので、ここに非常な葛藤を覚えるのです。だから、この曲を聴こうと思う時、抵抗を感じるようになってしまうのです(結局は複雑な気持ちで聴いていますが)。

前に自分のことを、キリスト教に関心を持つ者と言ったことがありますが、私は毎日のように、『祈りの園』のHPへ行って、ペトロ神父の日替わりの話を読んでいます。
その中で、ある時、誰かの祈りの引用をしていました。詳細は忘れましたが、大体次のような内容だったと思います。
 
主よ、私に変えることができるものを、変える勇気を与えてください
   変えることができないものを、受け入れる寛容さを与えてください
   そして、変えることができるものと、変えることができないものを 見分ける分別を与えてください

少し記憶違いがあると思いますが、私には響く言葉でした。

まあ、「let it be」にも「変えることができないものを、受け入れる寛容さを持ちなさい」という意味があるのでしょうが、どうも私はひねくれていて、「今のままでいいんだ」とか「気にせず放っときなさい」と言う意味に取ってしまいがちです。

私は「自分を変えたい」、「変えることができるものは変えたい」と、もがいているので、このフレーズに少し複雑な気持ちを抱いてしまっているのが今の状況です。

「変えることができないものは、抵抗せず受け入れなさい」というのは、あちこちの人生訓などで書かれていますが、私もそのとおりだと思っています。


・・・・・
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ラベル:ビートルズ
posted by いわし雲 at 18:21 Comment(0) | TrackBack(0) | 生活・その他 | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

南直哉さんと宮崎哲弥さんの話

今日、たまたま『ザ・ボイス そこまで言うか』を聴いていたら、宮崎哲弥さんと南直哉が対談していました。

内容を整理できないまま、少し書いてみます。

・本当に辛いのは、「人間関係だ」南さんは言う。
特に、「金」「異性関係」「地位・名誉」。

・西洋の思想では、「今の私は大丈夫」「コントロールできる」という前提が基本になっており、いわゆる「How To本」が沢山溢れている。

・そして「大丈夫、何とかなるよ」と言っている本が多くある。

・しかし実際は、この世がままならないだけでなく、自分もままならない」

・だからむしろ、「この世はままならないよ」と言ってあげた方が良い。

・「ありのまま」で大丈夫だったら、こんなに苦しい訳がない。

・仏教の本の良いところは、もの見方が変わるか、ずれるということだ。

・「生きる意味より、死なない工夫」

大急ぎで書いたので支離滅裂ですが、関心のある方は動画をご参照ください。
posted by いわし雲 at 21:47 Comment(0) | 南直哉さん | 更新情報をチェックする

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